第2話 ビシビシしごきますから覚悟して下さいね
そして俺は今、再び玉座の間でユキさんと共にオオクボ国王陛下の前にいる。前回と同様に馬車の中で着替えさせられたのだが、女の子二人に手伝われて天国と地獄がいっぺんにやってきた感じだったよ。天国は二人の甘い香りと柔らかい感触、地獄ってのはそんな中で色々我慢しなきゃいけなかったということである。いや、本当にそこは辛かった。
「さてコムロヒコザ、本日そなたを呼んだのは他でもない。先日の褒美を取らせるためだ」
「ほ、褒美、でございますか?」
そうだ、凧揚げ披露の時に国王陛下が楽しみにしておけって言われていたのを思いだした。何を戴けるのだろう。
「うむ、これだ」
陛下が
「コムロヒコザ、これは陛下から直々の
「へ? ナイト……? い、いえ、私はナイトウではなくコムロなのですが……」
変な陛下と伯爵閣下だ。俺には
「先輩! ナイトウではなくナイトです!
「騎士……? き、騎士!?」
いやいや、ちょっと待って下さいよ。俺は図体はデカいですけどケンカとかはからきし強くないんで。それに馬に乗ることなんて出来ないし、そもそもうちは馬を飼えるほどの余裕はありませんから。
「心配せずともよい。そなたに闘いを命じたりはせぬ。これはいわば名誉としての
陛下の言葉に、俺は震える手でガモウ伯爵から勅許状なるものを受け取った。これってもしかして俺も貴族の仲間入りってことなのかな。後でユキさんに聞いてみよう。そんなことを考えていると、陛下がおもむろに立ち上がって腰から刀を抜いた。あ、あれ、俺斬られちゃうの?
「先輩、陛下の前に
俺が呆然としていると、隣のユキさんが耳元で囁いて教えてくれた。言われるままに陛下の前に歩み寄って跪くと、陛下は俺の両肩にその手の刀で触れる。よく見ると刀は
これは後で聞いた話なのだが、陛下のこの
それよりも驚いたのは、俺は陛下から直接騎士の称号を賜ったので、立ち位置的には陛下の騎士になるということだった。つまりどこぞの貴族に仕える騎士とは格が違うのである。陛下からお呼びがかかれば男爵閣下やユキさんの同行なしで、単独で陛下に
ところがこの特権は普通は欲しくてもなかなか手に入れられないとのこと。そのためこれからは俺を通じて陛下に取り入ろうとする輩が増えるだろうから、より人を見る目を養うようにとの助言までいただいてしまった。
「それで、陛下のご用とは何だったのですか?」
馬車で待たされていたアカネさんは、俺たちが城から出てくるなりユキさんに尋ねていた。
「ヒコザ先輩への叙勲でした。アカネさん、今日からヒコザ先輩は陛下の騎士になられたのです」
「まあ! コムロ様が騎士に! おめでとうございます! それではこれからはサー・ヒコザとお呼びしなければいけませんね」
「サー・ヒコザ……」
「サー・ヒコザ!」
「や、やめて下さいよ、二人とも。今まで通りでいいですから」
ユキさんとアカネさんが面白がって俺をそんな風に呼ぶもんだから恥ずかしいったらありゃしないよ。だいたい平民の俺がサーとか呼ばれても違和感あり過ぎて困るし。あ、もう平民じゃなくて準貴族ってことになっちゃうのか。
「いいじゃありませんかヒコザ先輩。これからは行く先々でそう呼ばれることになるのですから」
ユキさんがおかしそうにクスクス笑いながら言う。
「行く先々って、学校とかでもそう呼ばれるのかな」
「国王陛下直々の叙勲ですから全校集会で発表されると思いますよ。その時に敬称はいらないから今まで通り普通に呼んでほしいって言えばいいんじゃないですか?」
「全校集会?」
「名誉なことですからね」
ということは壇上に上がって皆の前で晒し者にされるってことなのか。確かに名誉ではあるけどそういうのはちょっと苦手だよ。
「それって辞退は……」
「出来るわけありません」
「ですよねぇ」
「私もコムロ様の晴れ舞台、見たかったです」
アカネさんが本当に悔しそうに言う。そう言えばアカネさんもユキさんと同い年なのに学校には行ってないのかな。
「そうそう、先輩も今日から
「え? そうなんですか?」
「はい。でもお持ちじゃないですよね?」
「も、持ってるわけないじゃないですか。それに俺は刀なんて扱えませんよ」
「何でしたら指南して差し上げますよ?」
ユキさんが俺の剣術指南役か、悪くない気もする。そう思ってユキさんの顔を見ると、ニッコリと笑いかけてくれた。しかし、何故かその時俺の背中に
「ゆ、ユキさん?」
「ヒコザ先輩、ビシビシしごきますから覚悟して下さいね」
そう言って笑ったユキさんの表情に、俺は底知れぬ恐怖を感じずにはいられなかった。思い出した、あのユキさんの刀さばき。あれはどう考えても少しの
「や、やめておきます……」
「あら、残念です」
言いながら楽しそうに笑うユキさんは、いつもの可愛い彼女に戻っていた。
「陛下! 一大事にございます!」
ヤシチは城に戻るなり血相を変えて主である国王、タケダ・ハルノブに申し立てた。
「ヤシチ、何を慌てておる」
「オオクボ王国はとんでもないものを……」
その日、凧の存在がタケダの知るところとなった。
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