第四章 武闘派サイカ流・くノ一

第1話 私のことはもうアカネ、と呼び捨てにして下さい

 その日、王国の南西に位置するオウメ村が炎に包まれていた。オウメ村は豊かな自然に囲まれた夏の避暑地としても人気が高い場所で、王国の重要な貯水池の一つであるオウゴウチ貯水池もここにある。その村が突然、何の前触れもなく燃え上がったのだ。たまたま貯水池で釣りをしていた村人が隣に位置するヒノハラ村に助けを求めに行ったのだが、戻った時にはすでにオウメ村は全焼、村にいた人は逃げる間もなく全員死亡という大惨事に発展していた。


「その後の調べで、焼け跡から大量のオーガライトの燃えかすが見つかったそうです」


 ガモウ伯爵の報告を聞き、オオクボ国王は眉間にしわを寄せてうなる。


「まさか盗まれたオーガライトか?」

「そこまでは分かりませんが、見つかった燃えかすの量からするとその可能性は否定出来ません」

「犯人の目星は?」


 国王がこう言うのは、村一つを焼き尽くすほどの火災が、村人の過失によるオーガライトの不始末というレベルではないからである。


「未だ……ただ盗まれた物が使われたとなるとタケダの手による犯行ということが濃厚ではないかと思われます」

「あの密書が偽りだと?」

「いえ、私が思いますには……」


 ガモウ伯爵は声を潜めて国王に耳打ちする。すると王の瞳がにわかに輝き、口元が微かにほころんだ。


「だとするとタケダも老いたということか」

「陛下、それは合点がてんが早過ぎるものかと」

「どういうことだ?」

「あの王でございますれば、これに乗じて何やら事を企てているやも知れぬということです」

「事を企てている、か」

「陛下、これはまだ私の推測の域を脱しておりませんが……」

「よい、ていに申せ」

「恐れながら……」


 再び伯爵が国王の耳元で何やら囁く。そこで玉座の間の外より来客を告げるメイドの声が聞こえた。


「もうそんな時刻か。よし、通せ」

「客人をこれへ!」


 オオクボ国王の言葉を受けてガモウ伯爵が扉に向かって声を上げる。通されたのは一組の若い男女、ヒコザとユキであった。




「コムロ様、お迎えに上がりました」


 家の扉がノックされたので出てみると、そこには俺の妻二人、もとい、未来の妻二人が立っていた。と言っても片方はまだ本人から正式な了承はもらっていないんだけどね。


「ユキさんおはようございます。アカネさんもおはよう」

「ヒコザ先輩、どうして私には敬語なんですか?」

「あ、いや、だって……」

「今日は刀は持っていませんよ」

「う、うん、じゃあ……ユキさん、おはよう」

「コムロ様、私のことはもうアカネ、と呼び捨てにして下さい」

「あ! ユキさん、ちょい待ち!」


 アカネさんがいつもの如くに余計な一言を言ったので、これまたいつもの如くにユキさんがゲンコツを食らわせようとしたのだ。それをすんでのところで俺が制したというわけである。


「二人とも、ちょっとそのまま待っててね」


 そう言うと俺は一度自分の部屋に行き、昨夜のうちに作っておいたある物を手に二人のもとに戻った。


「はい、これ」


 俺がユキさんに手渡したもの、それはつまりハリセンであった。しかし受け取ったユキさんはきょとんとしている。そうか、使い方が分からないのか。


「あのねユキさん、それは固めてある方を持って、びろびろしてる方で相手を殴るハリセンという物なんです」

「ハリセ……ん?」

「ほら、いっつもユキさんはアカネさんをグーで殴るでしょ。それだとユキさんもアカネさんもかなり痛いんじゃないかと思って」

「な、なるほど……」

「でもそのハリセンならわりと強めに叩いてもそんなには痛くないはずだから……」


 言いながら俺は気付くべきだったのだ。ユキさんがワナワナと震えていることと、前に見た彼女の剣さばきのことを。いくら紙で出来たハリセンとはいえ、ユキさんのあの目にも止まらない速さで打たれれば痛いどころの騒ぎではないということを。しかしてその斬撃ざんげきは、アカネさんではなく俺に向けられていた。


「ってぇ!」

「ヒコザ先輩、そんなに痛くないのではありませんでしたか?」

「そ、そんな思いっきりやられたら……」

「あら、今のはまだ軽い方でしたが」

「酷いよ、ユキさん」

「お嬢様、コムロ様がお可哀想ですよ」

「もう! アカネさんまで!」


 次は俺の頭をなでなでしてくれているアカネさんがターゲットになりそうだったので、俺は慌てて話題をらすことにした。


「と、ところで二人とも、今日は朝からどうしたんですか?」

「あ、そうでした。今日ヒコザ先輩をお迎えに来たのはですね……」

「おや、アンタいつぞやの……」


 そこへ間が悪いというか何と言うか、寝起きの母ちゃんが姿を現した。はずの、というのは母ちゃん、年甲斐もなくヒラヒラしたワンピースを着てガッツリ化粧までしていたからである。おそらくどこかからユキさんが来たのを見ていたんだろう。だからって母ちゃん、いちいちおめかししないでくれよ。


「あ、先輩のお母様、おはようございます」


 母ちゃんの姿を見てユキさんは慌ててハリセンを後ろに隠して挨拶する。


「やだよぉ、そんな改まって。ヒコザ、何やってんだい! 男爵様のお嬢さんをそんなところに立たせたままで! ささ、お上がり下さいな。おや、そちらの方は?」


 母ちゃんはユキさんの隣で目を見開いているアカネさんに気がついたようだ。それで俺は仕方なくアカネさんを紹介する。もちろん、第二夫人になる予定だということは口が裂けても言えない。


「お、お母様、初めまして。私はコムロ様の第二夫人のアカネと申します」

「そうかいそうかい、ヒコザの第二夫人かい、アンタもお上がり……だ、第二ふ、ふびん?」


 母ちゃん、アカネさんを二番目の可哀想な子みたいに言わない。そしてアカネさん、どうして君はいつも一言余計なのかな。そんな俺の気持ちを察してなのか、ユキさんが横殴りでアカネさんにハリセンの一撃を浴びせていた。もちろん、そのあまりの速さに、母ちゃんの目にはハリセンは見えていなかったようだ。この隙に何とか話を逸らす以外にないだろう。


「えっとユキさん、ご用は何でしたっけ?」

「そ、そうです。お母様、今日は陛下がお呼びなのでヒコザ先輩をお迎えに……あ……」

「へ……陛下……?」

「ユキさんまで……」


 もはや母ちゃんのキャパを超えてしまったようだ。その場に呆然と立ち尽くしたままで動かなくなってしまった。これ以上ここにいると面倒なことになりそうなので、俺はユキさんとハリセンで殴られて涙目になっているアカネさんを引っ張って家の前から立ち去ることにした。


 ところでさっきユキさんは陛下がどうのって言ってた気がするけど、とりあえず気にしないでおくことにしよう。



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文字数も増えてきましたしストックも少なくなったので、今後の更新は1日おきとさせていただきます。

次回更新は1/19となります。

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