第9話 最初はお嬢様、次に私であれば何も問題はありませんよね?
/////前書き/////
けっこうニヤニヤしていただけるのではないかと思う三章の最終話です。
ちょろニヤリストさんは電車やバスの中で注意しましょう。
いや、そんなにハードル上げるつもりはございません。
/////
チカコさん、つまりユキさんの母君によると、実際あのムラマタには何の効果もないとのことだった。ただチカコさんは、城内でちょっとした噂になっているらしい俺が持っているのを見てからかってみたくなったそうだ。どんな噂なのか気になるところではあるが、男爵閣下と俺はユキさんからこっぴどく叱られ、ようやく解放されてもしばらくは足が
「ヒコザ先輩、足の痺れはもう取れましたか?」
「はい、お陰さまで」
今ユキさんの部屋に残っているのは俺とユキさん、それにアカネさんの三人だけである。
「それはよかったです。では今度はその場でいいですから正座して下さい。それとアカネさんも」
「ま、またですか?」
「え? 私も?」
「そうです。お二人にはまだお聞きしたいことがありますので」
俺とアカネさんはほぼ同時に声を上げていた。せっかく正座の苦痛が終わったと思ったのに、今度はアカネさんと並んで正座である。今日は何という厄日なのだろう。ユキさんの顔はにこやかではあったが、俺には獲物を前にした猛獣の微笑みにしか見えなかった。
「まずヒコザ先輩にお聞きします」
俺とアカネさんがユキさんの気迫に逆らえずに正座したのを見て、ユキさんも俺たちの前に正座してこちらを向いた。怖いんだけど、そんな中でも俺はユキさんを可愛いと思ってしまった。
「アカネさんと婚約したというのは本当なんですか?」
「へ? こ、婚約?」
「第二夫人にするとお約束されたのではないのですか?」
「そ、それは……」
「したんですか? してないんですか?」
「あ、えっと、したというか何というか……」
「したんですね?」
「し、しました! けどそれはもっと先の話ですし、正式には……」
「はあ……先でも後でも口約束でも、女からすれば婚約したことに違いはありません!」
ユキさんは大きくため息をつくと、キッと俺を睨んで少し涙目になっていた。涙目?
「でも……」
俺がアカネさんの方を見ると、アカネさんは気まずそうに反対側を向いてしまう。アカネさん、ちょっとは助け船出してよ。
「いいですか先輩、私はまだ先輩と結婚するなんて一言も言ってませんからね! それなのに私が本妻になる前提で先にアカネさんを第二夫人迎えると約束するなど言語道断です!」
「え? ユキさん、俺とじゃ嫌なんですか?」
「そ、そうは言ってません!」
よかった。どうやらユキさんに嫌われたというわけではなさそうだ。それにまた真っ赤になってるし。怒り顔で照れられるってめちゃくちゃ萌えるんですけど。
「けど分かってるんですか? 本妻や第二夫人は他の夫人とは別格なんですよ。今回のように先輩がその場の雰囲気に流されて他の女の子とその……他の女の子と結婚しなければならなくなった場合、アカネさんの立場はどうなると思っているんですか?」
「あ……」
婚約はあくまで婚約であり、既成事実の
アカネさんが跡取りのことまで考えて第二夫人になることを強く希望したとは思えないが、俺がユキさんと結婚した場合はほぼ間違いなく男爵家に婿として入ることになるだろう。そうするとその第二夫人の子は、場合によっては産まれながらにして男爵家を継ぐ可能性のある立場になるということだ。タノクラ男爵家は豪族である。その莫大な資産目当ての相手に俺が間違いを起こすと、ユキさんの本妻の座は揺るがないとしても、アカネさんの序列は下がる可能性が大なのだ。
「私は嫌ですからね! 知らない女の人が先輩の第二夫人になるなんて!」
「アカネさんならいいってこと? はい、ごめんなさい」
俺が余計なことを言ったので、ユキさんにまた睨まれてしまった。でもそうか、ユキさんもアカネさんが第二夫人なら嫌というわけではないんだ。
「それからもう一つ、先輩にお聞きしたいことがあります」
「はい、何でしょう?」
「先輩とアカネさんはもう……その……き、キスとかされたんですか?」
ユキさんは完全に茹で上がったと言えるほど真っ赤になって、伏し目がちにそんなことを聞いてきた。やっぱり気になりますよね、そこ。
「あ、いえ、それはまだです」
「して下さろうとしたところで馬車が止まって……」
ちょ、アカネさん、何で今まで黙ってたのに急に口を出してくるのさ。
「し、しようとしたんですか!?」
「ち、違います! あれはおでこに……」
「おでこに……?」
これはユキさんとアカネさんが同時に発した言葉である。見事にハモっていたから笑いそうになってしまったよ。
「いや、あの時は確かにいい雰囲気になりましたけど、さすがにユキさんを差し置いてなんて出来ませんし、だからおでこならいいかと……」
「おでこ……」
今度は二人とも赤い顔のままで自分の額を撫でている。可愛い女の子が二人揃ってそんな仕草をしているのを見ると萌え度がハンパないよ。ところがそこでアカネさんが何かを思いついたようにハッと顔を上げる。嫌な予感しかしないけど、またとんでもないことを言い出すんじゃないでしょうね。
「いいことを思いつきました!」
ほらやっぱり。
「いいことって何ですか?」
ユキさんも、アカネさんのろくでもないと思われる発言を聞こうとしなくていいですから。
「お嬢様、よくぞ聞いて下さいました! 今ここで、二人でコムロ様におでこにキスしていただくというのはどうでしょう?」
「おでこに……き、キス……」
「は、はい?」
「最初はお嬢様、次に私であれば何も問題はありませんよね?」
「いやいやいや、ちょっと待って下さいよ」
アカネさん、それは俺に対して羞恥プレイをさせようってことですよね。ユキさんも頭から湯気が出ているように見えるほど怒ってますから。
「ヒコザ先輩、それは嫌だってことですか?」
「え? ユキさん?」
ユキさん、それは満更でもないってことですか?
「私なんかのおでこにはキスをしたくないと……」
「ち、違いますってば!」
「コムロ様、お嬢様もこう言われているのですから、ほら、早く!」
「え、あの……ユキさん、い、いいんですか?」
「し、したければすればいいじゃないですか! そんなこといちいち聞かないで下さい!」
そう言ったユキさんはそのまま目を閉じてしまった。隣にいるアカネさんは鼻息を荒くしてワクワク顔で俺とユキさんを交互に眺めている。これはもう覚悟を決めるしかないってことだよね。
「わ、分かりました」
ユキさんの両肩を持って顔を近づけると、ほのかな甘い香りと手には温かくて柔らかな感触が伝わってくる。ユキさんの体が一瞬ピクッとなったのが分かったが、俺はそのまま前髪の間からのぞく額に軽く口づけをした。これ、ものすごく興奮するよ。そのままユキさんを抱きしめてしまいたい衝動が抑えきれなくなりそうだ。
「ひ、ヒコザ先輩……?」
なかなか肩を離そうとしない俺を、恥ずかしそうな表情でユキさんが見上げてくる。それを見てたまらなくなり、ユキさんを抱きしめようとしたところでアカネさんが俺の袖を引っ張った。
「コムロ様、今度は私の番ですよ」
「あ……はい……」
こうしてすんでのところでユキさんを抱きしめ損ねた俺は、アカネさんの額にも口づけして訳が分からないうちに客間へと戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます