第6話 やっぱり夜女の子の部屋に行くのはマズいと思うのですが

「不釣り合いな女?」


「はい、コムロヒコザなる人物はコチョウ様やサユリ様からお聞きした通り、いえ、私が今まで見た中でも一番の美形でしたが、連れ立っていた女は逆の意味で一番でした」

「つまり……?」

「あり得ないほどのブサイク、ということです」

「なるほど、そういうことか」


 報告を受けているのはタケダ国くノ一くのいちの女棟梁とうりょう、キクだった。彼女は全体的にほっそりとした体つきで、四肢は指まで長くしなやかである。女郎のように着崩した着物から見える肌は、見方によっては不健康とも思えるほど白い。面長で吊り上がった細い目はまるでキツネのようで、この世界では相当な美人の部類に入ることだろう。


「キク様?」

「その者、おそらくはブス専」


 キクはクックッと笑いながら、目の前の極端にスカートが短い緑色の制服を着た少女に応えた。それを聞いて少女も合点がいったという表情になる。


「なるほど、それで……」

「何か気になることでもあったのか?」

「はい、実はそのヒコザなる者、我らの脚から目をらしたのです」

「ほう?」

「ですので術もかけられず……」

「そうであったか。見られなければ術も効かんよのう」

「はい。あのような男は初めてでございました」

「妖術師かと思ったが、ただのブス専か。ならば話は簡単だ」

「と、申しますと?」

「よき考えが浮かんだということよ。まあ見ておれ。そなたらの屈辱はきっちりと晴らしてやる」

「キク様……」

「さあ、こちらに参れ。褒美をやろう」


 うっとりとした表情でキクを見ていた少女は、手招きされた直後にその胸に抱かれていた。それからしばらく、少女のあえぎ声が部屋の外まで漏れ出していた。




 城の庭に出た俺たちは、夕闇迫った穏やかな風を受けていた。なんて言うといい雰囲気を想像してしまうが実際はちょっと寒い。それでもメイドさんを除いた陛下、姫殿下、タノクラ男爵閣下の三人はこれから目の前で起こるであろうことを想像してか、目をキラキラと輝かせている。離れた場所にある馬車のかたわらにはアカネさんの姿も見えたので、彼女もきっとそわそわしていることだろう。


「それでは凧揚げをご覧に入れます。ユキさん、ちょっとこの凧を持っていてもらえますか?」

「はい」


 ユキさんは陛下から凧を受け取ると、胸の辺りに差し出すような感じで持ってくれた。前に凧揚げの仕方をカスケに教えていた時のことを覚えていたのだと思う。


「俺……私が走り出して凧が引っ張られたら、それに逆らわずに手を離して下さい」

「分かりました」

「では、行きますよ!」


 俺はそのまま風上に向かって走り出す。するとタイミングよくユキさんの手を離れた凧は、風に乗ってふわっと浮き上がった。それを見てしばらく走った俺は足を止め、落ちた凧を回収して元いた場所に戻る。


「いかがでしたでしょう?」


 ところが誰も応えてくれない。というよりユキさん以外の三人と、それからメイドさんたちまでもが皆口をあんぐりと開けたまま固まってしまっていたのである。


「な、なんだ今のは!」


 いち早く再起動を果たしたのは陛下だった。それでもまともに話すのにはもう少し時間がかかりそうである。


「ご満足頂けませんでしたでしょうか」


 そんなわけがないことは分かっていた。何故ならすでに一度凧揚げを見ているユキさんは別にして、他の面々は自分たちの想像を遥かに超えていたという表情をしていたからだ。


「こ、コムロ君、何故その凧というものが空を舞ったのかね?」


 閣下も再起動出来たようだ。その疑問に俺は、簡単にではあったが凧が浮き上がる原理を説明した。そんなに難しいことでもないしね。


 ところがそれはこっちの世界では誰も考えすら及ばなかったことのようだ。この原理には先の三人とメイドさんに加えて、ユキさんも驚いた顔をしていた。


「今はこの糸が短いので走るのをやめればこのように落下してしまいますが、十倍か二十倍か、それ以上に長くすれば上空の風に乗って走らずとも浮いたままになります」

「な、なんと!」

「ただし糸を長くすればするほど揚げるのが難しくなり、また揚がった後も糸を引いたり緩めたりしてうまく操らなければ凧は落下します。もっとも子供でもすぐに慣れるので、練習すれば誰でも出来るようになりますよ」

「そ、それに人が乗ることは叶わぬのか?」


 陛下は興奮して鼻息まで荒くなっていた。ただ、この質問はその場の全員の知りたいところでもあったようだ。


「不可能ではございませんが、それには人が乗っても壊れないような丈夫さと大きさが必要になります。また重さも増しますので、揚げるとなると馬より速く走れるものが必要になるかも知れません。ですから実際は不可能と言わざるを得ないかと存じます」

「そ、そうか……」

「陛下、そんなに気を落とさないで下さい。それにもし揚がったとしても、今度は安全に降ろす必要も出てくるわけですから、凧で人を空に揚げるのはかなり難易度が高いと思いますよ」

「う、うむ、そうだな。いや、コムロヒコザ、よいものを見せてくれた。は感服したぞ。いずれ褒美を取らせるゆえ、楽しみに待っておるがよい」


 さすがは国王陛下と言うべきか、一瞬で落ち込んだ表情は消え失せ、俺の肩を掴んで力強くそう言った。ところで褒美って何をもらえるのかな。国王陛下直々じきじきのお言葉だし、すごい物がもらえそうな気がするよ。


「それから皆の者に申す。今ここで見たことは決して他言してはならぬ。特に他国に知れ渡ることがないように、よいな!」


 陛下の言葉に一同は真剣な表情で肯いていた。しかし、客間の窓から目を見開いて驚愕するヤシチの存在には、その場の誰一人として気づいていなかった。




「今日は遅くなってしまったな。コムロ君、泊まって行きなさい」


 王城から帰る馬車の中で、男爵閣下がそんなことを言い出した。ユキさんもアカネさんも嬉しそうにしながら大きく肯いている。特にさっきまで放っておかれたアカネさんは、ようやく俺が戻ってきたので頬を赤くして潤んだ瞳を向けてきていた。そりゃあね、第二夫人の座は約束したよ。したけどアカネさん、だからって夜這よばいはしないししてこないで下さいね。負けそうだから。


「いえ、それは……」

「ご自宅の方には使いの者をやりますのでご安心下さい」


 アカネさん、積極的だなあ。ユキさんもちょっと驚いた表情になってるし。


「ま、まあ、そういうことでしたらお言葉に甘えさせて頂きます」


 今夜も客間の鍵はしっかりとかけて寝よう。


「時にコムロ君、夕食が終わったら私の書斎に来なさい。一人でな」

「あら父上、何故ヒコザ先輩お一人なんですか?」

「なに、男同士で少し話したいことがあるだけだ」

「怪しいです」

「旦那さま、私も怪しいと思います」

「ユキもアカネも何を言っておる。すぐ済むからそう怪しむな」


 閣下の話って一体何だろう。別の意味で俺も何か怪しさを感じるが、すぐに済むって言われてるし大したことではないのかも知れない。


「かしこまりました。夕食をいただいたらお部屋に参らせて頂きます」

「ヒコザ先輩、ではその後私の部屋にいらして下さい」

「え? いや、それはですね、やっぱり夜女の子の部屋に行くのはマズいと思うのですが……」

「アカネさんも一緒にいてもらいますから、それなら問題ありませんでしょ?」

「いや、しかし……」

「問題ありませんよね?」

「あ、ありません……」


 結局こうやって押し切られるんだよなあ。でもまあ、アカネさんもいるってことだし、それならいくら何でも間違いが起こることはないと思う。それよりアカネさんがユキさんに第二夫人のことを話してしまう方が心配だよ。出来ればそのことはユキさんには黙っててほしいんだけど。


 俺のささやかな願いは叶うのか叶わないのか、ひとまず夕食後に俺は閣下の書斎に向かった。

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