第7話 妖刀ムラマタ一閃!

「まずはご苦労だった」


 閣下は俺が書斎に入ると、最初にねぎらいの言葉をかけてくれた。


「それにしても君は面白い男だな。一体どこであんなことを思いついたのかね?」


 あんなこと、というのは凧揚げの原理のことだろう。思いついたというより前世の記憶なんだけど、そんなこと言っても信じてもらえないだろうから、ここは適当に誤魔化しておく方が得策だと思う。


「たまたまです。でもまさか陛下にお褒めいただくとは思ってもみませんでした」

「しかし君はそのせいで……いや、何でもない」


 あれ、今何か言いかけてやめたけど、めちゃくちゃ気になるぞ。


「そんなことより今日はこれだ」


 言いながら閣下は長いものを取り出す。話をはぐらかされてしまったよ。てかそれ、見覚えがあります。


「いつぞやの約束通り、今夜から明日君が帰るまでこれを貸してやろうと思ってな」


 閣下が俺に貸してくれるというもの、それはあの限りなく効果が眉唾まゆつばとしか思えない妖刀ムラマタだった。


「いいか、前にも言った通り絶対にユキには使うなよ。それとアカネには勘づかれる可能性が高いから気をつけろ。その他に気を付けるべきはサトだな。あのむすめも君に惚れているようだから、うっかり斬りつけると子作りさせられる羽目になるかも知れん。もっともそうなったら私が君を斬り捨てることになるが」


 サトさんも俺を、って今さらっと怖いこと言いませんでしたか。でももしそれが本当だとすると、夢のスリートップは案外簡単に結成出来るのかも知れない。


 しかし困ったな。ユキさんもアカネさんもサトさんもダメということになると、誰で試せばいいんだろう。


「用はそれだけだ。もしうまく効果が確認出来たらちゃんと知らせろよ」

「は、はい。かしこまりました」

「うむ、では下がってよいぞ」


 俺は閣下からムラマタを受け取って書斎を後にした。それにしても誰に試したらいいのやら。そんなことを考えながら客間に戻ろうとした時だった。見つけた!


 あの後ろ姿は美人に間違いない。このお城のメイドさんたち共通の色とは違う黒いメイド服だが、水色の長い髪はユキさんを彷彿ほうふつとさせる。それに細い足首とキュッと締まった腰、さらにはツンと上を向いた尻を揺らしながらゆったりとした隙だらけの歩き方。後ろ姿ではあったが初めて見る人なので、多分新しく雇われたメイドさんなのかも知れない。


 俺は足音を立てないように忍び足でメイドさんの背後に近寄る。そしてムラマタの間合いに届いた時、何とも言えないユキさんと同じようないい香りが俺の鼻腔びくうをくすぐった。


 いかん、これはちょっとマズいかも知れない。何故ならこのムラマタの効果が本物で、斬りつけた瞬間にメイドさんが色気づいて迫ってこられようものなら、とてもじゃないが我慢出来る自信がなかったからである。どうしよう。だが俺がためらっていると、気配を感じたのかメイドさんが振り向いてしまった。


「あら、それは……」


 メイドさんは驚いた表情を見せたあと、俺の手にあったムラマタを見てクスリと笑ったように思えた。しかし相手に気付かれて焦った俺は、大きくムラマタを振り上げる。


「す、すみません!」


 言いながらムラマタでメイドさんに斬りつけた俺だったが、その刹那せつなに見た彼女の顔は……


「あはん!」


 ムラマタが袈裟懸けさがけに彼女の右肩から左の腰に抜けた途端とたん、その色っぽい唇から甘い吐息が漏れていた。ちょっとわざとらしい感じもしないでもなかったが。


「あ、いや、あの……」


 メイドさんの、ユキさんを少しお姉さんにした雰囲気の可愛い顔が赤く染まり、とろんとした瞳が驚きを隠せないでいる俺を捉えた。そう、メイドさんはどことなくというレベルをはるかに超えてユキさんに似ていたのである。まさかこの人はユキさんのお姉さんなのか。いや、でもユキさんはタノクラ家の一人娘だったはずだ。だとすると目の前のメイドさんはいったい……


「あなたが……コムロヒコザ様ですね?」

「え? あ、あの……いや、はい、そうです」

「こちらにいらして下さい」


 メイドさんは俺の腕を掴むと、すぐそこにあった扉を開けて部屋の中に招き入れた。というか俺はその部屋に半ば強引に連れ込まれたという感じである。


 部屋は来客が宿泊するためのものなのか、以前俺が初めてこの城に来た時に、酔っぱらって寝かせてもらったのと同じような間取りだった。ベッドと簡素なテーブルに椅子が二脚置かれているのみである。そのベッドのへりに腰掛けたメイドさんは俺を隣に座らせると、しなだれかかってきて首筋に吐息を吹きかけてきた。これはたまらない。メイドさんがユキさんに似ていたせいもあって、俺のイージスシステムが全機能を停止してしまった。


「あ、あの……」

「うふふ、聞いた通り、本当に素敵な殿方ですのね。ほら、こんなにドキドキしてますわ」

「あ、いや、ちょっ……」


 メイドさんに導かれた俺の手が形のいい彼女の胸に触れた瞬間、頭の中が沸騰して何がなんだか分からなくなる。それでも俺は歯を食いしばって自分の手を引っ込めた。おいおい、ちょっと待ってくれ。あのムラマタの効果ってこんなにすごいのかよ。ところで一瞬のことだったが、メイドさんの胸はふわふわで柔らかかった。


「あん、どうして手を引っ込めてしまうんですか?」

「いや、いやいやいや、いきなりこんなことマズいですから」

「あら、私には魅力がございませんか?」

「あ、いえ、そうではなく……」

「ならいいじゃありませんか。結婚を迫ったりしませんから」

「ですからそういう問題でもなく……」

「もう! 焦れったいですね!」


 そう言うとメイドさんは俺をベッドに押し倒し、上から覆いかぶさるようにして抱きしめてきた。柔らかい感触と甘い香りで、俺の全身の力はあっけなく抜けてしまう。そんなに力があるようには思えないのに、抱きしめるメイドさんを振りほどくことが出来ないのだ。


「うふふ、可愛い人。誰にも言いませんから、誰にも言ってはダメですよ」

「あ……ふっ……」


 メイドさんから耳に息を吹きかけられ、思わず俺は変な声を出してしまった。ムラマタ恐るべしである。それからメイドさんの手が俺の頬を撫で、首筋を撫で、指先を立てて胸をかき回すようになぞってきた。俺の股間はそれだけで張り裂けそうなほどに膨れ上がり、すでに抵抗しようとする意思すら奪われてしまっていた。


 そんな俺の気持ちをあざ笑うかのように、メイドさんの指先はじっくり焦らしながら胸から腹へ下り、血液が集まって硬くなった部分を通り越して太股へと進んでいく。たまらない、これはたまらないよ。早く触れてほしい。さわられたい。だが、なかなかその指は俺の期待には応えてくれなかった。


 その間もメイドさんの吐息が俺の耳や首筋をくすぐる。俺の息は全力疾走を何度も繰り返した後のように荒々しくなり、いよいよ我慢出来なくなって彼女の肩に手をかけた。このままメイドさんと上下入れ替わり思いを遂げる、今の俺にはそのことしか頭になかったのである。


 そしてまさに俺がメイドさんを力ずくで組み敷いた時だった。部屋の扉が勢いよく開き、誰かが部屋に入ってきたのだ。誰だ、俺の邪魔をするのは!


「ヒコザ先輩! 何をなさっているのですか!」


 だが、俺はその声に一瞬で我を取り戻して固まった。ユキさんである。ユキさんはつかつかとベッドの方に歩いてくると、呆気にとられていた俺の頬に思いっきり平手打ちを食らわしていた。


「ヒコザ先輩、見損ないました! どういうことなのか説明、よろしいですね!」

「あらあら、ユキ、そんなに一方的に責めてしまってはコムロ様が可哀想ですよ」


 メイドさんは言いながら俺の頭を抱いて、ユキさんに殴られた頬を優しく撫でてくれる。ってメイドさん、今ユキさんのことを呼び捨てにしませんでしたか?


「母上も! 先輩に何をしているんですか!」

「は、母上……さま……?」


 俺が状況を飲み込むまでしばらく時間がかかったのは言うまでもないだろう。

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