第三章 妖刀ムラマタ一閃!

第1話 パンツ、何色でしたか?

 ユキさんが初めてうちの両親と対面してから数日後、俺はユキさんに誘われて城下の市場に来ていた。日本で言えばショッピングモールのような、様々な商品を取り扱う店が一堂にかいした巨大な商店街を思い浮かべればいいだろう。そこで買い物をしたいというユキさんの荷物持ちを頼まれたというわけである。


 もっとも誘ってきた時のユキさんの様子からすると、買い物より市場を見て歩きたいというのが本音のような気がするんだよね。言ってみればデートみたいなものじゃないかな。俺も特に用事がなかったのでヒマだし、ユキさんとデートなら嫌じゃないし、というかむしろ大歓迎だしね。そしてそれを証明するかのように、すでに一時間近くブラブラしているけど未だ俺の手には買い物袋の一つもかけられていなかった。


 ところで今日は平日だけど創立記念日とかで学校が休みなので、ユキさんはここのところでは珍しく帯刀たいとうしている。ということは俺は敬語を使わなければならない。ユキさんにとっては不本意みたいだけど。


「ユキさんとこうして市場を歩くのも悪くないですね」

「ヒコザ先輩、私は刀を持っていますが、だからと言って敬語にならなくてもいいんですよ」


 ちなみに今日のユキさんは黒のセーターに十センチ幅くらいのヒダになったオレンジのミニスカート、それに黒のニーハイを合わせている。水色の長い髪はリボン飾りが付いた紺地に白い格子柄のカチューシャでまとめられ、それがすごく似合っていて可愛らしい。どうしていつもユキさんは俺の好みドストライクの格好を見せてくれるのだろう。まあ、ユキさんなら何を着ても似合うと思うし、俺からするとストライクゾーンしかないのかも知れないけどね。


「ど、どうしてそんなに見るんですか?」

「あ、いや、すみません……その、ユキさんが可愛くて……」

「か、かわ……もう! からかわないで下さい!」

「いえ、決してからかっているわけではなく……」


 そんなことを話しながら人通りのない路地に入った時だった。正面から見たことのない緑色の制服を着た女子五人が、まるで俺たちの行く手をはばむように横並びで歩いてきたのである。


 それにしても全員驚くほどスカートが短い。あれじゃこっちがちょっとかがんだだけでもパンツが見えちゃいそうだよ。もっとも揃いも揃って皆さんこっちの世界では相当な美少女、ということは俺にしてみればボールどころか大暴投レベルである。そんな彼女たちのパンツを見たいと思うほどオレは雑食ではないので、自然に目をらすことになる。その仕草に相手が一瞬いぶかしげな表情を見せたが、そんなことを俺が知るよしもなかった。


 そこはまあどうでもいいとして、特筆すべきは五人が五人とも腰に刀を差しているということだ。どう見ても同い年くらいの女の子たちなので、警察官ではなく貴族ということになるだろう。


 相手が貴族ということであれば、ユキさんはともかく俺は道を譲らなければならない。しかしだ、たとえ俺が脇に逸れたとしても五人は道幅一杯に広がっているのでどう考えてもぶつかってしまう。これだといったん路地を逆戻りしなければならないが、ユキさんも貴族である。その場合は相手も道を空ける必要があるはずなのだ。そんな思いがあるのかは知らないが、ユキさんは構わずに路地の真ん中をけようともせずに突き進んでいった。当然、ぶつかる寸前で互いに立ち止まる結果となる。


「あなたたち、そんな風に広がって歩いていては通れません。どちらかに避けて下さい」

「あら、これは失礼しましたわ。でも、お連れの殿方はあなたのような方には不釣り合いですわよ」

「お、俺?」

「あなたたち、さっきから私たちをつけてましたよね。用件はなんですか?」


 ユキさんが鋭い口調でそう言った瞬間、五人の真ん中にいた女の子が突然刀を抜いた。それにいち早く反応したユキさんは隣にいた俺を後ろに突き飛ばし、自らも飛び退いて太刀筋たちすじかわす。つまり俺はユキさんの後ろで尻餅をついて、一番最初の視界がピンクと白の縞パンに覆われる状況になったというわけだ。もちろん今はユキさんが両手でスカートの裾を押さえてしまっているので、その縞パンは目の前から消えている。


「とにかくヒコザ先輩は私から離れないで下さい!」

「は、はい!」

「往来での抜刀ばっとうは正当な理由がなければこの国の法では禁止されています。そして私には自衛という正当な理由が出来ました」

「うるさいですわ、あなたに用はありませんの」


 そう言って相手の女の子がユキさんに斬りかかる。しかしユキさんは斬撃ざんげきを紙一重で躱したかと思うと、いつの間にかその手には刀が握られており、腹を押さえて刀を落とした相手の背中にさらに一撃を浴びせていた。要するにすれ違いざまに腹に一撃、そして背中にもう一撃ということである。お見事、というより俺の目はその動きにほとんどついていけてなかった。血が飛び散らなかったのはユキさんがいわゆるみね打ちをしたということだろう。それでも、真剣の重みとユキさんの剣さばきは相手の動きを止めるには充分だったようだ。


「今なら見逃しますが、これ以上やるなら峰は使いませんよ」


 言い放ったユキさんの刀は、峰打ちされた女の子の首筋に当てられていた。


「ひ……退くよ!」


 その言葉でユキさんが女の子の首から刀を離すと、恨めしそうな目を向けながら五人は元来た方向へ去って行った。


「ゆ……ユキさん……だいじょう……」

「ヒコザ先輩!」

「は、はい!」

「何色でしたか?」

「へ?」

「パンツ、何色でしたか?」

「ぱ、パンツ? えっと……ピンクと白の縞々……」

「それは私の……! ではなく、今の人たちのです!」

「え? いえ、見てませんが……」

「嘘です! 先輩のあの体勢なら見えたはずです!」


 ユキさん、お願いだから刀向けるのやめて。しかも刃がこっちに向いてますから。


「本当ですって! 意識して見ないようにしてましたから」

「意識して?」

「はい、別に見たいとは思いませんでしたので」

「では、どうして私のはあんなに……じっと……先輩のばかぁ!」


 俺の頭はユキさんの刀で殴られていた。峰だからよかったけど、死ぬかと思ったしめちゃくちゃ痛かったよ。ユキさんを怒らせると怖いということを、俺は改めてこの身に刻み込んだのであった。


 そのせいでいつから彼女たちにつけられていたのに気付いていたのか、ユキさんに聞きそびれてしまったよ。

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