第13話 そしてユキさんがコムロ家にやってきた

「あ、ユキさんお待たせ。アカネさんも」


 書斎の入り口近くに置かれたソファで、ユキさんはアカネさんと共に俺を待っていてくれた。


「随分と長くお話しされていたようですが、父上のお話しって何だったのですか?」

「ん? うん、まあ色々……それよりこんなもの戴いちゃったよ」


 俺は男爵閣下から渡されたメダルを二人に見せた。メダルの裏はピンになっているので襟などに固定できるようだ。


「それでは私はヒコザ先輩を送ってきます」

「コムロ様、またいつでもいらして下さいね」


 アカネさんは大きな瞳を潤ませていた。そんな、泣きそうな顔されたら抱きしめたくなるから許して。


「お嬢様、お嬢様!」


 そこへアカネさんとは別のメイドさんが、今まさに俺と共に城の扉を出ようとしていたところでユキさんを呼び止めた。その声にユキさんが立ち止まって振り向いたので、必然的に俺も同じようにして振り向く。


「サトさん、どうしたんですか?」


 サトさんと呼ばれたメイドさんもアカネさんと同じ丈の短い水色のメイド服姿だった。髪はピンクのボブで、この人も丸顔に大きなダークブラウンの瞳がクリクリしていて可愛い。それと特筆すべきは胸だ。ユキさんはD、アカネさんはCくらいだが、サトさんのそれは俺が二回の人生で出会った誰よりも大きかった。あれはFとかGとかあるんじゃないかと思う。その胸が、じゃなくてサトさんが走ってくるもんだから、二つの膨らみが大きく上下に揺れて破壊力満点だった。第三夫人はサトさんで行こう。これで最強のスリートップ完成だ。


「こちらを、コムロ様のお屋敷にお届けするようにと旦那さまが」


 言いながらサトさんはユキさんに、丁寧に包装された菓子折のような箱を手渡した。いやいや、うちはお屋敷なんて呼べるほど大きくないですから。一応長屋ではなく庭付きの一戸建てではあるけどね。その間にアカネさんが男爵閣下から渡されたピンメダルを俺の胸に付けてくれている。アカネさん、いい香りがするよ。


「分かりました」

「旦那さまはコムロ様のお屋敷までお嬢様がお届けするようにとの仰せです。それとこちらも」


 サトさんが菓子折とは別の手提げ袋をユキさんに手渡す。


「これは?」

「遅くなるならコムロ様のお屋敷に泊めてもらいなさいと仰せでしたので、お嬢様のお着替えをご用意いたしました」

「ちょっ!」


 ユキさんがあたふたしている姿は実に可愛らしいと思う。って、ちょっと待て、遅くなるならうちに泊まれってあの男爵閣下は一体何を考えているのやら。


「ユキさん、わざわざ送ってもらわなくても一人で帰れるから大丈夫だよ。もう酔ってるってわけでもないし」

「いえ、父上のお言いつけに背くわけにはまいりません。おそらくヒコザ先輩の家まで行けというのはご命令だと思いますし」


 そんなこと言われたって、父ちゃんや母ちゃんに何て説明すればいいんだろう。それでもユキさんが普通の家の子なら、多少母ちゃんが悪乗りしても問題はない。しかし相手は男爵家のご令嬢、しかも本当は王家の血を引く人だ。


「それとも私が行くと何か不都合がありますか?」

「いや、不都合というほどのものはないと思うけど……」


 息子が友達と飯を食いに行ってくると言ったのに、コンドームを渡すぶっ飛んだ母ちゃんである。ユキさんを連れて帰ろうものなら何を企むか分かったものではない。これはやっぱり不都合というべきなのだろうか。


「私もコムロ様のご両親にご挨拶したかったです」


 アカネさん、ご両親にご挨拶って間違ってはいないけど何か違うニュアンスで言ってませんか。


「それと私なら避妊具は必要ありませ……痛いですぅ」


 ほら、また余計なこと言ってるからユキさんにゲンコツされるんだってば。ひとまず家に帰ったらハリセンを作ることにしよう。


 結局その後は一緒に行きたがったアカネさんを何とかなだめすかして、俺はユキさんを連れて帰宅することとなった。




「ヒコザ! あんた何だってまたタノクラ様のお屋敷なんかに!」


 帰宅するなり母ちゃんは俺の首根っこをつかまえてまくし立て始めた。男爵閣下の城に泊まったというのは昨夜使いの人から聞いたんだろう。母ちゃん、痛いって。


「いや、だから……」

「おや、そちらのお嬢さんは?」


 俺とのやり取りを見て呆気にとられていたユキさんに気づいて、母ちゃんは至極しごく当然な疑問を投げかけてきた。


「あ、あの、はじめまして、タノクラの家からヒコザ先輩を送ってまいりました。ユキと申します。これ、つまらないものですが」


 ユキさんが母ちゃんに手土産を差し出したので、ようやく俺の首が自由を取り戻す。


「へえ、タノクラ様のところからわざわざうちのバカ息子を送って来て下さったのかね。ご苦労さま。お手伝いさんかい?」

「母ちゃん、母ちゃん!」

「何だい、うるさいねぇ!」


 どうやら母ちゃんは勘違いしているようなので、俺はユキさんが男爵令嬢だということを耳打ちした。


「あ? それがどうかし……え? はっ、え?」


 うん、なかなかいいリアクションしてくれるじゃないか。母ちゃんはわなわなと手を震わせて、ユキさんから渡された土産を今にも落としそうになっていた。


「男爵様の……お嬢さん……?」

「はい、あの、ヒコザ先輩にはいつもお世話に……」

「父ちゃん、ちょっと父ちゃんてば!」


 母ちゃんの耳にはもはやユキさんの声は聞こえていないようだった。


「何だよ、騒々しい」


 面倒臭そうに奥から顔を出した父ちゃんは、いつも家にいるときの格好、袖なしのシャツにステテコという出で立ちだった。それを見たユキさんは真っ赤になって目をらしている。


「と、父ちゃん! 何て格好してるんだい! すぐに服着といで! あ、一番いいやつだよ!」

「ああ? 面倒臭えな! 一体何だってんだよ!」

「いいから言う通りにしな! ああ、もう、れったいねえ!」


 そう言って母ちゃんは父ちゃんを連れて奥に引っ込んでしまった。多分あれ、よそ行きの一番いい服を着せられて戻ってくるぞ。


「あの、えっと、ヒコザ先輩?」

「あはは、恥ずかしいところ見せちゃったね。ごめん、もう少し待っててくれるかな」


 ユキさんは大きな瞳をさらに見開いていた。いやあ、そのびっくりして立ち尽くす姿もなかなかレアなんじゃないかと思うよ。


 それからしばらくして出てきた父ちゃんは、結婚式にでも出るのかよと言いたくなるような燕尾服えんびふくを着せられていた。加えて母ちゃんまでちゃっかり、どこから引っ張り出してきたんだか、イブニングドレスみたいなのを着ている。


 母ちゃん、歳考えてくれよ。俺はユキさんじゃないが、顔を赤くするほど恥ずかしかった。その日ユキさんが泊まらずに帰ったのは言うまでもないだろう。

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