第12話 ユキさんの秘密

「実はな、ユキは……私の本当の娘ではないのだ」

「はい?」


 俺は耳を疑った。ユキさんが男爵閣下の本当の娘ではないということは、父親が他にいるということになる。それと気になる点がもう一つ。


「えっと、ユキさんの母君は……?」

「それが私の妻だ。つまりユキは妻の連れ子なのだよ」


 男性の数が極端に少ないこの世界では、基本的にというかほとんどの場合、前夫の生死に関わらず離別経験のある女性の嫁ぎ先はないと言っていい。それが子持ちとなれば尚更なおさらのことである。さらに、男性には認められていない性的関係を持った相手との結婚の拒否権が例外として認められているのが、相手に離婚経験がある場合と子連れの場合だ。


 貴族として、また由緒ある豪族としての地位にあるタノクラ男爵ほどの男性になれば、わざわざ子持ちだった女性をめとる必要などなかったはずである。それを押してでも今の夫人をユキさん共々家に招き入れたということは、よほど男爵閣下が夫人を好いていたか、あるいは……


「ではユキさんの本当の父親というのは……」

「いいかコムロ君、これは絶対に他言することは許さん。もし他言したらその時は本当に君の首が飛ぶと思いたまえ」

「は、はい……」

「ユキの父親はな、オオクボ・タダスケ国王陛下なのだよ」

「え? それでは……」

「ユキは王族の血を引いているということだ。むろんこのことはユキ本人も知らん。知っているのはこの私と妻、そして国王陛下と妃殿下、それにアヤカ姫殿下の五人だけだ。つまり君は六人目ということになる」


 姫殿下も知っていたということか。だから側に置くのは公爵家でも伯爵家でもなく、あえて爵位としては一番下のタノクラ男爵家のユキさんだったというわけだ。


「そんな重要なことをなぜ私のような平民に?」

「姫殿下のご命令でな。ユキは君を好いているようだから、せめてその好きな相手と添い遂げられるようにとのご配慮からだ。姫殿下はユキの不遇を非常に嘆いておいでなのだよ。それに姫殿下のご身分では好いたれたで相手を選ぶことは出来んからな」


 今さらっと言われたが、やっぱりユキさんは俺のこと想ってくれているってことなのかな。それはそれとして、ちょっと気がかりな一言があった。


「ユキさんの不遇?」

「ユキの母親、今の私の妻だがお世辞にも容姿が優れているとは言えん。しかし王族ともなればその姿が衆目しゅうもくに触れる機会も多くなる。陛下はそれでも妻、チカコを嫁に迎えようとしたのだが、周囲に大反対されたのとチカコが辞退したのとで結婚には至らなかった。ところがその後にチカコが陛下の子を身籠みごもっていることが分かってな。それで陛下は当時の男爵、私の父であるマゴベエに相談を持ちかけて、チカコを我が妻として迎え入れたというわけだ」


 そうか、容姿のせいでユキさんのお母さんは王族に入れなかったというわけか。平民の俺からすれば男爵家でも充分すごいとは思うが、こと王族と比べてしまうと雲泥の差があるのだろう。だから姫殿下はユキさんを不遇の子として嘆いておいでだということか。でも待てよ、そうなるとユキさんのお母さんは俺基準ではかなりの美人だということだよな。そしてユキさんのあの可憐かれんさを考えると、国王陛下も実はこっちの世界ではブサイク、俺から見たら相当なイケメンということになるのだろうか。


「あの、質問してもよろしいでしょうか」

「うむ、いいぞ」

「今のお話しが全て事実だとして……いえ、私にはにわかには信じられないという意味で他意はございませんが、閣下もご存じの通り私はただの平民にございます。その私が王家の血を引くユキさんと添い遂げるというのは……」

「身分のことを気にしているのかね。それなら心配はない。もし本当にそうなるなら君はいったんしかるべき貴族の養子となり、その上でユキを嫁にすればいいだけのことだ。養子として入る家は私が何とかするし、それ以上に君は姫殿下のお気に入りでもあるようだから、王家との繋がりを期待して君を養子に迎えたいという貴族は引く手あまただと思うぞ」


 時代劇でもそういうやり取りがあったように思う。ところでその姫殿下のお気に入り、という点に関しては今もって理由が分からないところだ。


「しかしそうなると私の家は……」

「おそらく陛下が君の父君に何らかの称号を与えて下さるだろう。さすがに爵位はないだろうが、貴族に準ずるかあるいは貴族に匹敵する身分をたまわることになるだろうな」

「いえ、そうではなくコムロ家の話です。私には兄弟姉妹はおりません。その私が養子に出てしまうとコムロ家は……」

「君ががんばってユキとの間に多くの子をなすか、あるいは第二第三の夫人に産ませた子の一人をコムロ家に養子か養女に出せばいいだけのことだ。君の血が入っていればコムロ家が途絶とだえることにはならないだろう?」


 なるほど、確かに男爵閣下の言う通り、父ちゃん母ちゃんが生きているうちに俺がユキさんと子作りをがんばればいいだけのことか。父ちゃん母ちゃんにとっては孫を引き取ることになるわけだし、孫って掛け値なしに可愛いからな。その上我がコムロ家が国王陛下から貴族か準貴族の身分を賜るとか、なんかウィンウィンみたいな感じじゃないか。だがそれよりもだ、男爵閣下から途轍とてつもなく魅力的な言葉が発せられた気がするのだが。


「第二第三の夫人……」

「それについてはユキも貴族の娘だ。夫が自分以外の女性を何人妻に迎えようと異を唱えることはない。ただし、そのためにユキをないがしろにすることだけは私が許さんがな。もっとも君ならユキを一番に考えてくれるだろうと信じてはいる」


 ユキさんを悲しませることはしたくないが、許されるなら第二夫人はアカネさんに決定だ。そしてユキさんいわく、アカネさんを第二夫人に迎えたとなると第三夫人以降もここのメイドさんたちの中から選べる、というか選ばざるを得ないということになる。それはつまり、あの可愛いメイドさんたちみんなを俺の妻にするのも夢ではないということだ。日本にはなかった天国というか楽園が、こっちの世界では存在したというわけか。主に俺にとっての、ではあるが。


「お話しはよく分かりました。ただ現状はユキさんが私のことをそこまで考えてくれているかは分かりませんし、仮にそうだったとしても人の心は変わりやすいものですから、今はこの胸に留めておくということでよろしいでしょうか」

「むろんだ。どうやら姫殿下の目は正しかったようだな」

「それはどういう……」

「ははは、分からんならそれでいい。これからもユキと仲良くしてやってくれ。ただし節度だけは守ってな。貴族としての体面もある、くれぐれも結婚前にユキをはらませたりはするなよ」

「も、もも、もちろんです!」

「それからユキを一番に、ということもな。勢いでユキより先にアカネや他のメイドに手を出すこともないように。どうしても我慢が出来なくなったら母君にもらったアレをユキに使え。もっともユキが承知したらの話だが」


 だ、男爵閣下、何を言い出すんですか。でもこれってユキさんと致すことをご了承いただいたということですよね。


「念のために言っておくが、その時は我が刀のさびになることを覚悟をした上で、な」


 やっぱりご了承はいただけないということでしたか。


「ああ、それから……」


 言いながら思い出したように男爵閣下は懐から何かを取り出した。


「これを持っていきなさい」

「これは?」


 俺は男爵から手渡された、百円玉ほどの大きさがあるメダルのようなものを見て尋ねる。


「我がタノクラ家とのゆかりを示すものだ。常に胸に付けておくといい。それがあれば貴族にしか立ち入りを許されていない場所でも入れるし、わざわざ姫殿下から賜った懐剣かいけんを出さずともユキの側にいることをとがめられることもない。それに懐剣と違ってうっかり失っても私の鉄拳制裁てっけんせいさい程度で済むからな」


 その鉄拳制裁で命を落とさないという保証はないですよね。


「あ、ありがたく頂戴いたします」

「それからもう一つ、娘から聞いたのだが……」


 男爵閣下は重大な秘密だったユキさんの出自を話してくれた時よりさらに声をひそめて囁いた。


「君は誰でも簡単に手に入れられるような材料で凧というものを作ったそうだな」

「はい? ああ、カスケ……村の子供に作ってやったものですね」

「そのことで後日改めて聞きたいことがある。使いをやるからその時は頼むぞ」


 使いをやるからその時は頼むって、何か言い回しがおかしい気がするよ。普通はその時は来てくれとかその時に聞かせてくれとかそういう言い方になるんじゃないのかな。それとも時間を作れという意味での頼むってことか。だとしても閣下なら遠回りせずに城に来いと言いそうなものなのだが。


「はあ……分かりました」


 煮え切らない感があるものの俺に頼まれごとを拒否する理由もない。凧の作り方が知りたいというなら教えればいいだけだ。あんなものを作るのは雑作もないことである。


「うむ、ご苦労だった。君のことは守衛にも話しておくからまたいつでも遊びにくるといい。気をつけて帰れよ。母君にもよろしくな」

「はい、ありがとうございました!」


 最後に俺は深く一礼して、男爵閣下の書斎を後にした。

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