第11話 我が娘には絶対に使うなよ

 男はなぜスカートの奥に神秘を見出そうとするのか。実は女子の多くはパンツを見て何が嬉しいのかよく分からないらしい。得した気分になる、と説明しても何が得なの、といった感じである。これは仕方のないことかも知れない。何故なら男にはロマンがあるが、女のロマンという言葉はあまり耳にしないからである。


 俺は前を歩く二人の女子のツンと上を向いた形のいい尻を交互に眺めながら、現実逃避気味にそんなことを考えていた。ちなみにユキさん、今日は白いモコモコのセーターに赤基調のタータンチェック柄のミニスカートを履いている。その下がニーハイではないのがほんの少し残念ではあったが、黒いハイソックスも似合っているからまったく問題はないだろう。それにしても二人とも細くてきれいな脚だ。ユキさん一択と決めたばかりだが、やっぱりアカネさんも捨てがたいよ。


「父上はヒコザ先輩に何の用事でしょう」

「さあ、私はただ呼んでこいと言われただけですので。刀の手入れをなさっていたようですが」


 要するに俺の現実逃避の原因はこれである。昨夜のことはユキさんがちゃんと説明してくれたんじゃなかったっけ。やっぱり俺の頭は、胴と別々に帰宅することになるのかな。出来れば一緒に仲良く帰りたいんですけど。そんなことを考えていると、無情にも意外に早く男爵閣下の書斎の前に着いてしまった。


「父上、ヒコザ先輩をお連れしました」

「入れ」


 アカネさんが扉を開けて、俺とユキさんを書斎に通すために一歩下がった。俺たちがアカネさんの前を通り過ぎて書斎に入ったところで、彼女はそのまま扉を閉めようとする。なるほど、メイドさんは呼ばれない限り書斎には入らないということか。ところがそんなアカネさんを男爵閣下が呼び止める。


「ああ、アカネ、ちょっと待て。ユキ、お前も出て行きなさい。私はコムロ君に用があるのだ」


 お願いユキさん側にいて、俺を一人にしないで。そんなことを願っていると、父親に対しては妙に強気なユキさんが異を唱えてくれた。


「父上、私がいては何か不都合なことでもあるのですか?」

「控えよユキ、これは父としてのげんではなく男爵としての命令だ」


 しかし男爵閣下は娘に気圧けおされた昨夜の情けない様子は微塵も見せずに、威厳のある口調でユキさんをたしなめる。こう言われてしまってはユキさんも逆らうことは出来ないのだろう。一歩下がって腰を折り、深く頭を下げていた。


「失礼致しました。仰せの通りに致します」


 そして俺にも軽く一礼し、ユキさんは書斎を出て行ってしまった。アカネさんによって静かに書斎の扉は閉じられ、俺の家の総床面積より広い空間に男爵閣下と二人だけになる。男爵はゆっくりと刀を持ち上げると、よく時代劇で見る打ちとよばれる白い粉が出るやつをぽんぽんとやり始めた。それ、よく分からないんですけど、やっぱり俺は斬られるんでしょうか。


「少し待ってくれたまえ。じきに終わる」


 主に俺のこの世での命がってことですよね。俺が応えもせずにうなだれていると、男爵閣下は手を止めて声をかけてきた。


「ん? どうした? まだ二日酔いが残っているのか?」

「あ、いえ、申し訳ありません。その……」

「なんだ、よいから申してみよ」

「男爵閣下にお願いがございます!」


 俺は覚悟を決めた。コンドームの件はユキさんが取りなしてくれたとしても、昨夜の非礼は許されないと思う。だから今から俺は首をねられるのだろう。だったら無礼討ちは俺だけに留めてもらう必要がある。ホント、もうこの思考を繰り返すのも今回が最後、というか最期なんだろうな。


「願い? 何だ、聞くぞ」

「昨夜の無礼はこの通り、心よりお詫び申し上げます。ですからどうか、どうか首を刎ねるのは私だけに……」

「首を刎ねる? 誰が?」

「閣下が……」

「誰の?」

「私の……」

「私がコムロ君の首を刎ねる? 誰がそんなことを言ったのかね?」

「いえ、その……お手にある刀が……」

「ああ、これは私の毎日の楽しみでな、この刀は妖刀と呼ばれるムラマ……この刀で私が君の首を? 冗談も休み休み言いたまえ!」

「ひぃっ!」

「第一このムラマタでは首は斬れんよ。これで斬れるのは煩悩のたが、斬りつけられると股がムラッとなるからムラマ……そんなことはいい。私が君を呼んだのは……」


 言いながら男爵閣下が見せてくれた刀は、どうやら刃引はびきされているようだった。それにしてもてっきり村正むらまさだと思ったらムラマタとは。しかもその効果って本当なのだろうか。どうも眉唾まゆつばのような気がしてならないが。


「閣下はその刀をお試しになられたことがあるのですか?」

「いや、実は一度アカネに試そうとしてけられた。アカネはああ見えて我が娘と肩を並べるほどの刀の使い手……おい、今の話は誰にもするでないぞ」


 男爵閣下は本心なのか演技なのかは分からないが、少なくとも俺を斬ろうと思っているわけではなく、また乗せられやすい性格のように見えた。それがたとえ演技だったとしても、ここは素直に付き合った方がよさそうだ。ところでアカネさんがユキさんと同等の刀の使い手だったとは驚きである。


「かしこまりました。誰にも話しません」

「ふん、よし、では代わりにそのうちコムロ君にもこのムラマタを一度貸してやろう。ただし、我が娘には絶対に使うなよ」

「仰せの通りに致します」


 ニヤリと笑った男爵閣下に、俺はユキさんの言葉を真似て一礼した。何となく男爵と主従の関係が出来たみたいで、ちょっとだけ誇らしいぞ。しかしムラマタを借りたとしてユキさん相手には使うなと言われたし、アカネさんも刀の使い手だとすると俺ではかないそうにない。まあ、このお城のメイドさんはみんな可愛かったし、本当に貸してもらえたらその時に使う相手を考えればいいか。


「ところでコムロ君、私が君を呼んだのはな、他でもないユキに関して話しておかなければならないことがあるからなのだ」

「ユキさんのこと、ですか?」

「うむ、実はな……」


 この後語られたユキさんの秘密に、俺は何というか言葉を失ってしまった。

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