第2話 この尻すぼみ娘に説明してやれ

「コムロ先輩はタノクラさんとどういう関係なんですか?」


 放課後、帰宅しようとしていた俺は高等三年生の女子数人に囲まれていた。それからさかのぼること数日前……




「ユキさんから誘ってくれるなんて珍しいこともあるね」

「そ、そうですか? いつもヒコザ先輩は誰かと一緒ですし、声をかけにくいだけです」


 ああ、なるほど、そこにまた引け目を感じているというわけか。ところがその日はいきなり放課後にちょっと付き合ってほしいと言われたのだ。何か大切な話でもあるのだろうか。


「え? ここ?」


 そして連れてこられたのが王城の近くにある個室茶店ちゃみせ、言ってみれば主に男女が人目を忍んでイチャイチャするための店である。来たのは初めてだけど、聞いた話だとセミダブルほどの大きさの布団も敷かれているらしい。こっちではベッドは高級品だからね。ユキさん、俺は嬉しいけど一体どういう風の吹き回しなんだろう。


「か、勘違いしないで下さい!」

「え? でも……いや、はい……」


 そうだよな、あの奥ゆかしいというか恥ずかしがり屋にもほどがあるユキさんが、そういう目的で俺をこんなところに誘うとはとても思えない。これは何か裏がある、つまり別の目的がありそうだ。


「こちらです」


 店は予約されていたのか、俺はユキさんに一階の一番奥の部屋に案内された。普通の童貞男子なら、女の子にこんなところに誘われたらそれだけで心臓がバクバクものだろうが、ユキさんの雰囲気を見ていると残念ながらそういう浮ついた用件ではなさそうだ。


「おお、来たか」

「ひ、姫殿下!?」


 案の定というか予想外というか、部屋で待っていたのはこともあろうにこの国の王女、アヤカ姫殿下だった。いくら俺でもこの展開は予想のはるか上をいっていたし、だいだいこんな店に一国の王女が来ていいはずがないのである。まさか姫殿下、俺と男女の契りを結ぼうとか、そういうことではないですよね。


「そういうことではないから安心せい」


 あれ、俺の心の声がだだ漏れだった?


「そちが何を考えたかくらいわらわにはお見通しじゃて、このヘンタイが。それとも本気で妾とまぐわいたいと申すか? それなら考えてやってもよいぞ。初めての相手がそちのようなイケメンなら、妾とて悪い思い出にはならんじゃろうからな。ただし結婚はせんぞ」

「アヤカ様!」


 そこへユキさんが姫殿下の悪ノリをたしなめてくれた。助かったよ、ありがとう。


「ときにヒコザと申したの。随分とユキが世話になっているようじゃ」

「ひ、姫殿下!……ど、どうかお許しを……!」


 もしかして付き人のユキさんにちょっかい出してると思われたのだろうか。それはまあ間違いではないのだが、俺としては決して軽い気持ちではないわけで。


「よいよい、実はのヒコザ、最近ユキが話すのはそちのことばかりなのじゃ」

「え? ユキさんが……?」

「あ、アヤカ様!」


 何やらユキさんがあたふたし始めた。これはちょっと面白い。


「どんな話か聞きたいじゃろ」

「は、はい! ぜひ!」

「ヒコザ先輩まで! もう、知りません!」

「ほほほ、悪口じゃよ」

「わ、悪口……」

「昼休みは必ず弁当を一緒に食べるために待ち伏せされるだの、美人の先輩より私の方がいいと言われただのとな」


 待ち伏せって、お互い自分から毎日あの場所に行ってるだけなのにその言い方はあんまりだよ、ユキさん。もっともユキさんの性格を考えると待ち合わせているとは言いにくいんだろうということは分かるけどね。


「アヤカ様、お願いですからもうそのくらいで……」


 当のユキさんは涙目になって姫殿下に懇願しているが、取り合ってもらえる様子はなさそうだ。俺としてもその辺の話はもっと聞きたい。


「それはその……決してユキさんをからかっているわけではなく……」

「分かっておるわ。じゃが接してみてそちも分かったと思うが、ユキはこの通り引っ込み思案での。剣の腕は確かなのじゃがその性格が災いしていつも土壇場でドジを踏みおる」


 確かに俺もユキさんを見ているとじれったく思うことがよくある。もっと自信を持てばいいのに、どうしても容姿のことで他人と比べてしまって前に出ることが苦手なようだ。そんなことを考えていると、耳を貸せとばかりにちょいちょいと姫殿下が指で俺を呼んだ。


「そなた、ユキを好いちょるじゃろ?」

「え? どうしてそれを……」


 この会話はユキさんには聞こえていない。姫殿下はやはりという表情でニヤリと笑った。この人本当に十二歳なんだろうか。


「アヤカ様! 何をコソコソとお話しされているのですか?」

「のうユキよ、そなたはこのヒコザに迷惑をかけていると申しておったの」

「はい、クラスメイトが私がヒコザ先輩に構ってもらっているのはアヤカ様のご命令によるものだからと。ヒコザ先輩は仕方なく殿下のご命令に従っているだけなのだと」

「なっ! そ、そんなことは!」


 それは心外だ。俺は誰に命令されるでもなくユキさんと一緒の時間を楽しんでいるのだ。そこには姫殿下の命令など介在する余地などない。しかし姫殿下は高らかに笑ったあと、イタズラっぽい表情でこんなことを言い出した。


「ならば妾を使え」

「は?」

「はい?」


 これには俺もユキさんも頭の上にクエスチョンマークを並べていた。


「そちは妾の命令でユキと一緒におると言われているのじゃろ? ならばそれを逆手に取ってその通りということにすればよいのじゃ。さすればそちがユキと共におるのは妾の命令ということになり、誰も文句は言えんじゃろうて。何なら本当に命じてやってもよいぞ」

「あ、なるほど!」


 そういうことか。それなら俺とユキさんがいつ一緒に行動していてもおかしくないってことだ。姫殿下の命令を反故ほごに出来るのは妃殿下か国王陛下のみである。公爵や伯爵でさえ、その命令に背くことは許されない。


「アヤカ様、それはどういう……」

「ヒコザ、そちなら妾の言った意味は分かるな。この尻すぼみ娘に説明してやれ」

「それはですねユキさん……」


 説明を聞いた後のユキさんの慌てる姿を想像して、俺と姫殿下は笑いをこらえるのに必死だった。

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