第3話 私が介錯して差し上げます

 と、ここで今日の女子数人に囲まれていた場面に戻るというわけだ。


「か、関係?」

「そうです! 最近よくタノクラさんと一緒にいますけど、コムロ先輩はケイ先輩と付き合ってるんじゃなかったんですか?」

「ケイ先輩と付き合ってると思ってたから私たち諦めてましたけど、タノクラさんだったら諦められません!」

「え? どうしてユキさんだと諦められないの?」

「だって……タノクラさんだったら私たちの方が可愛いと……それにタノクラさんは悪い人じゃないと思いますけど暗いし、コムロ先輩には絶対に釣り合わないと思います!」


 それ、ユキさんにものすごく失礼だと思うんだけど。あと自分たちの方が可愛いとか自分で言うなって感じ。確かにこっちの基準ではそうなのかも知れないけど、俺の場合それは当てはまらないんだ。見た目だけならケイ先輩やキミエさんに比べると君たちの方がずっと可愛いとは思うよ。でもユキさん相手だと最高級霜降り和牛と合い挽き肉ほどの差があるくらいに見えるからね。とはいえユキさんが悪い人じゃないってことは分かってるんだ。


「いや、ケイ先輩とは別に付き合ってるわけじゃないよ」

「じゃ、タノクラさんとは?」

「え? いや、その……」


 ユキさんとも付き合っているのかと聞かれたら、そうじゃないと答えるしかないんだよね。だけどこの子たちにそんなこと言うと後々面倒になりそうだから答えたくないなあ。


「ヒコザ先輩が私といるのはアヤカ王女殿下のご命令だからです!」


 そこへ女子の集団をかき分けてユキさんが現れた。正直この登場は本当に助かったよ。


「王女殿下のご命令?」

「そうです」

「コムロ先輩、本当ですか?」


 女子たちはどうやら俺に否定してほしいようだった。しかし先日姫殿下にも言われたばかりだし、ここはユキさんの言葉に乗っかる方が無難だと思う。それにそもそも俺が否定しなければならない理由などない。


「うん、実はそうなんだ。学校にいる間は俺がユキさんの護衛を任されたんだよ」

「へ、変です! だってコムロ先輩は貴族ではありませんよね。なのにどうして王女殿下のご命令なんて……」

「疑うのですか? ならば王女殿下に直接ご確認されてはいかがでしょう? もっともそんなことをしてそれが事実だったら、皆さんの首が飛ぶかも知れませんが」


 ユキさんが珍しく強気になっている。相手が同級生だってことと、俺に迷惑をかけているという後ろめたさからのことかも知れない。ということはこの子たちはユキさんが貴族だってことを知っているということか。


「王女殿下とはお祭りで偶然知り合ってね、実は俺も驚いたんだけどそこは本当だから信じてほしいな」

「じゃ、じゃあ別にタノクラさんとコムロ先輩が付き合ってるってわけじゃ……」

「ありません!」


 ユキさん、そこそんなに強く否定しなくても。


「分かったらヒコザ先輩を解放してあげて下さい。これから私たちは殿下の許へ行かなければなりませんので」

「え? あ、う、うん……」

「さ、ヒコザ先輩、行きますよ」


 そう言ってユキさんは俺の手を取り、すたすたと歩き始めた。こんな強気なユキさん、初めて見たよ。


「ユキさん、ユキさん」

「何ですか!」

「も、もういいんじゃないかな」

「あ……」


 真っ赤になって俺の手を放したユキさんは、いつものユキさんに戻っていた。すでに俺を取り囲んでいた女の子たちは視界から消えていたのである。


「ご、ごめんなさい。私つい……」

「あはは、いいって。それより姫殿下の許に行くって言ってたけど、また何か呼び出し?」

「いえ、あれはその……方便です……」


 よかった。何かまた無理難題を吹っ掛けられるのかと思ってヒヤヒヤしたよ。


「あ、そうです。忘れるところでした」


 ユキさんはおもむろに持っていたバッグから細長い、布に包まれたものを取り出して俺に手渡した。


「これは?」

「殿下からの預かり物です。開いてみて下さい」

「うん……うん?」


 布を開いて俺は驚かずにはいられなかった。それはどう見ても懐剣かいけんにしか見えなかったからだ。さやの部分にはいくつもの宝石があしらわれ、王家の紋章も刻み込まれている。刃渡りは二十センチくらいだろうか。


「殿下が仮にも私の護衛を任せるのに、武器の一つも持っていないのは不自然だろうとおっしゃられて」

「あ、あの……これって……」

「本物ですよ。切れ味も相当ですから怪我をしないようにして下さいね」

「いや、そうじゃなくて……」

「それから、くれぐれもなくさないように、常に肌身離さず持ち歩くようにとのおおせです」

「えっと、それじゃさっきあの子たちにこれを見せればよかったんじゃないかな。わざわざ脅かさなくても……」

「あ……」


 あってユキさん。それはいいとして、こんな懐剣を渡されても困るよ。でもこれってつい最近まで日本で最初にラーメンを食べた人と信じられていた、この紋所が目に入らぬかで有名なあの人と同じことが出来るってことだよね。とするとスケさん、カクさんが必要になるな。ユキさんはさしずめ女剣士か忍者ってところか。


「ちなみにユキさん、これなくしちゃったらどうなるんですか?」

「え? ええと、大丈夫です」

「大丈夫ってことは、何もおとがめなしってこと?」


 それはないと思うんだけど。こんなにたくさん宝石がちりばめられているんだし、紋章まであるんだから。


「いえ、その時は私が介錯かいしゃくして差し上げますって意味です」

「か、介錯って……切腹ってこと!?」


 ハラキリはいやじゃぁ!


「ですからなくさないで下さいね」


 ちょっと、今どこにも否定がなかったんですけど。俺はずっしりと重みのある懐剣を、制服の内ポケットにしまってしっかりとチャックを閉めた。

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