第2話 居酒屋 あかさか

「この辺りに美味しいもつ鍋のお店があるのよ」


 俺は千葉先輩に連れていかれるがまま、小汚い飲み屋街を奥へ奥へと歩いていく。

 曲がりなりにも千代田区の一等地からわずか徒歩5分である。

 まさか異世界にでも来てしまったのかと勘違いしてしまいそうなくらい、あたりの景観はガラッと変わってしまった。もちろん悪い意味で。

 そんな、アルコールと胃酸の香りが立ち込める飲み屋街を、先輩は楽しそうにポニーテールを揺らしながら進み続ける。

 そしてやはり小汚い居酒屋の前で立ち止まった。

 一見草書体のようだがおそらく草書体でない、崩れきったやる気のない字体で看板に店名が書かれていた。


『居酒屋あかさか』


 また赤坂である。

 何度も言うがここは千代田区である。

 間違っても港区の赤坂ではない。

 週末のオヤジたちの酒臭さが立ち込める、小汚い千代田区の飲み屋街なのである。

 まさかここら一帯では、今ちょうど空前の赤坂ブームが到来しているのだろうか。

 先輩は躊躇することなく暖簾をくぐって店の中に入っていく。

 一瞬足が止まったが俺も遅れずに中に入ると、気持ちよくハゲたユデダコみたいな面の店主が先輩に声をかけていた。


「お、キヨノちゃん! 今日は彼氏と一緒かい?」

「バカバカ、マスター! この子は会社の後輩!このご時世、あんまりそういうこと言ってるとパワハラで訴えられちゃうんだから」


 その軽いやりとりの様子は完全に常連のそれだった。

 よく見りゃ確かに頼りねぇな!と、その店主はゲラゲラ笑って俺を見ていた。

 なんだか五年前に死んだ祖父によく似ていた。


「石田くんってお酒そんなに強くないんだっけ? 飲み会ではいつもあんまり飲んでないよね?」

「そうですね、すぐ赤くなっちゃうので」


 俺たちはアルバイトの若い男の子に案内され一番奥のお座敷に案内された。

 この席は入り口の賑やかな雰囲気とは一転、なかなか落ち着いていて居心地がよかった。


「サシで飲むのって初めてよね?」

「そうですね」

「会社はもう慣れた? ……って、入社して二年も経つんだから流石に慣れてるか」

「はい、おかげさまで」


 へこへこと、まるで取引先の相手と話をするかのように頭を下げる。

 そんな俺を見て千葉先輩が笑う。


「足崩しなよ。ここ掘りごたつだよ?」


 確かに、言われてみれば今日はやけに座高が高いと思っていた。


「石田は真面目だなぁ」


 先輩はそう言ってまた笑った。

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理想の彼女 (株)赤坂エコライフ @PmJn31

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