第3話 人造人剣

「『負の遺産』って、冒険者界隈の噂は知っているけどさ」

「……はい」

「鍛治屋界隈でも噂になるかもね」

「……はい」


 に火を入れて半刻。遺産である鎧を再利用するにあたり、少量程しかなかったので。小刀を打つか小手を作るか、状態を見て決めよう――と鎧を熱したのですが。

 ぼくとフジオが少し目を離した隙に、事件は起きた。


「まさか鎧が炉の熱で溶けるほど耐熱性がない銀素材だとは思わなかったよ……。頑丈だったし、勘違いは誰にでもある。それはごめん」

「はい」

「で、その流れた素材がなんでバケツに溜めておいた水の中でこんな木の根っこめいた形状に変化してるの……? わかる?」

「いいえ……」


 状況確認をしよう、ぼく。

 工房の角には火事防止のために地下水を汲んだバケツがあり、まかり間違って炉の中身が跳び跳ねてバケツの中には入らないと断言しよう。

 それがどんな奇跡で、床にミミズが這ったような焦げ跡を残し――その体を成したというのか。よーく見ると、一本一本の線が集まって人間のような形をしている。


「仕方ない。これはガチ怨念案件だから放っておこう、埋葬しよう。マジであれは身につけない方がいいよ、ぶっちゃけ怖えーもん! ぼく!!」

「ええ……」


 フジオは明らかに不満そうな顔をしているけれど、ぼくの半泣きな表情を見つめて……受け入れてくれたのか、とても残念そうなオーラを全身で表現しながら頷いてくれた。

 なんだろう。一度引き受けた身としては、すごい後ろ髪を引かれるけど――無理でしょ。だってこれ既に普通の鍛治屋じゃ手に負えないし魔具じみてるんだもん!


「……あ」


 なんて悩んでいるとフジオが俯きながら声を発した。


「ぼくたち一日分の付き合いすらもないけど、珍しいね。イエスノー以外で会話するんだ」


 師匠関係だと喋るのかなー? なんてふとバケツに目をやると、先程の木の根っこがない。どこにもない!

 全身総毛立つような恐怖で辺りを見渡すと……かさかさと、妙な音が響く。

 振り返ると、素材を入れておく倉庫の扉が少し空いている。

 ――まさか。


「……泥棒だと困るし見てくる。着いてきてくれる?」

「いいえ」

「この野郎!」


 思わず腰に下げたハンマーで弱虫のど頭をカチ割ろうと思ったけれどそれどころじゃない。

 まさかとは思うけれど……あの遺物が動いたのか確認しなければ。

 この時ほどこの仕事を安請け合いしたことを後悔したことはない。

 恐る恐る、ドアへ近付きノブに手をかける。


「……いますか?」


 答えても怖いけど。

 ギイ、とドアを開くと――そこは一畳ほどの広さで、ザルに無造作に入れられた鉱石が壁にぶら下がり、細やかな素材が床に整頓されているのみ。

 あの魔具の存在はない。一安心!


「ああああああ!!」

「ぴゃあ!?」


 突然のフジオis雄叫びに腰が抜けそうになる。

 何時からぼくの工房お化け屋敷になったんだよう……!

 涙目になりつつ物陰から顔だけ出すと、目に写ったのは床で亀のように震えるフジオと――金床の上で魔猪の胃石と毛皮の一部を抱き締めている遺物の姿。

 この瞬間、ぼくの恐怖メーターは限界を突破し目の前が真っ赤になったことだけは覚えている。


「あああああこの野郎おおおおおあああああ!!」


 鍛治屋の! 命の! 金床で! プロレスしてんぢゃねえよお~!!

 持てる限りの力で腰のハンマー振り上げ――何度も何度も叩きつける。

 砕けた胃石や毛皮が飛び散るも、遺物だけはへこたれる気配がない。

 そんなやつぁ――こうだ!


「うりゃあ!」


『ぼふんっ』と音を立てるほどの勢いで炉の中に燃え盛る炎へと遺物を投げつけると、途端に力が抜けてしまった。

 床にぺたん……と座り込むと、弱々しい声で「終わりましたか……?」なんてフジオの声が聞こえる。うっさい弱虫。


「まさかこんな思いをするなんて……『負の遺産』造りなんて二度とやりたくない!」


『謙遜スルモンジャネェー。重鍛治職人オーヴァースミスとしての才能は確かに今花開いたようだ。……オメデトウ、キララ』


 炉の炎の中で――聞いた覚えのある声が、工房の中に木霊した。

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極貧鍛冶屋ですが、一つ道を間違えたら神剣を造る羽目に陥っちゃいました @minoriya

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