如月那緒から接触されるようになって、1ヶ月が過ぎた。

 如月那緒から接触されるようになって、1ヶ月が過ぎた。1ヶ月も経ったのかという思いと、まだ1ヶ月しか経っていないのかという思いが半々ある。これからもまだ付きまとわられるのだろうか。そう思うと、先が思いやられる。


 しかし、まぁ、悪い気はしない。学校内に話し相手が増えるというのは、案外嬉しいものである。


 最初は彼女の特異性もあって、なんとかして遠ざけられないものかと考えを巡らせていた。それもそうだろう。否が応でも、俺の思考を読まれてしまうのだ。その能力自体は彼女の意思ではないとはいえ、積極的に近付いて来ているのは彼女である。逃げれば良いと言ってくるのに、離そうとはしてくれそうにないところが非常にたちが悪い。


 しかし、話してみると案外話の合う人間であった。それに、噂に反して言動は至って普通である。毎日の勉強に悩み、かわいいものにかわいいと言い、楽しければスキップが出そうになる。タイプではないけれど、充分にかわいらしい子だ。噂が広まっていなければ、なんてことはなく日常に馴染めていただろう。少々天然なことは、むしろプラスに働いていたはずだ。


 それなのに彼女は、人の思考を読むことが出来る。だから、虚言の癖があるだなんて噂が広まってしまう。


 ……というか、どうして俺の能力は『彼女の能力を一部遮断する』なんだろうか。どうせならば、もっと凄いものが良かった。透視とか、千里眼とか。


「透視が出来たら、女子生徒の制服の下も見放題ですね」

「……そういうことは、考えないようにしていたのに」


 それどころか、今の俺にはそこまでの考えが思い浮かばなかった。せいぜいがお菓子やアイスの当たりが分かるようになるといいな、くらいだ。


「ですよね? あえて、考えないようにしてますよね?」

「分かってて言ってるのか」


 余計に悪質だ。


「いえ、ただここ最近の北斗さんはそういう『思春期の高校生』らしい思考を控えられているのかな? と思いまして」

「そりゃそうだろ」

「どうしてですか?」

「お前が思考を読んでるからだよ」


 そこで彼女は、呆気にとられたように口を開いた。とても間抜けな変化なのに、顔が整っているせいかそこまで間抜けには見えない。むしろなにか重大な事件が起こって放心しているのだろうかと、心配してしまいそうになる。この会話の流れで、なにかを思い出したんだろうか?


「どうした?」

「……北斗さんは、優しい人ですね」


 思いもよらない返答に、思わずたじろぐ。


「どうしてそうなった?」

「だって、私のことを考えてくれるからそういうことを心がけてくれているんでしょう?」

「まぁ……」


 そこまで考えてやっていることではないが、彼女にとってはそう思えたらしい。


「性的な話は分かりやすくウケが狙えるけど、意図しない方向から食らうと不快だろ?」

「そうなんですよね。とっても不快です」

「あ、やっぱり不快なんだ?」


 少しだけ『控えなくても良い』と言われる可能性を考えていた。そのためきちんと不快であると宣言されると、俺は間違っていなかったのだと思えて安心する。


「そりゃ不快ですよ。そもそも私はそんなに性的な要素が好きではないですから、どんなシチュエーションであれ拒絶反応が出てしまいます。それなのにあろうことか、相手が私なんていう場合もあるんですよ?」

「うへぇ、最悪だな」


 望まぬ相手からの性的な欲求を、望まない形で知ってしまうというのはあまりにも酷だ。彼女にしては珍しく、語り口調にハッキリとした苛立ちが込められている。そうなってしまうのも無理はないだろう。

 であれば、なおさら俺は『心がけて』いかなければならないはずだ。


「それじゃあやっぱり、俺だけは出来る限りそういうことを考えないようにしておくよ」

「そうですか、ありがとうございます」


 彼女はふっと笑みをこぼしたあと、小さく礼をした。そんな謙虚な仕草を見せたかと思えば次の瞬間、ニヤリといった風に口元が綻ぶ。


「軽いものならいいんですよ? 『俺も女子生徒がブルマを履いている時代に生まれていたらな』」

「うわぁぁぁぁぁああああああ!?」


 その思考も読まれていたのか!? いつの間に…?


「……とかでしたら、こういう風に揺さぶりに使えるので」

「勘弁してください……」

 

 前言撤回だ。

 彼女に思考を読まれるのは、俺の名誉的によろしくない。

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