もっと! 遊園地デート

「遊園地の締めと言えば、やっぱり観覧車ですよね」

そういう主張を何度もされながら、引きずられるように観覧車へ乗り込んだ。

「どうしてそういう認識になったのか、教えてもらえるか?」

狭いゴンドラ内にある椅子に、向かい合って座る。楽しんで!という係員さんの声と、カチャリという鍵をかける音が鳴ったかと思うと、上への上昇が始まった。ゆっくりと、地面から遠ざかっていく。

「この観覧車に乗って一番上まで上がると、きれいな夕日と合わせてこれまでに乗った乗り物を含む園内を一望できるんですよ。これ以上ないほどに素敵な終わり方だと思いませんか?」

そう言われ、プラスチックの板越しに外を見た。

最初に乗った乗り物が、今もなお稼働して水しぶきを辺りに散らしている。思っていたよりも高い位置まで昇ったせいで今から死ぬのかと思ったフリーフォールは、人を乗せてゆっくりと上昇している。勢いに乗って入ったものの、迷路のほうの難度が高くて中々出られなかったお化け屋敷は、そろそろ終わろうかといった雰囲気を醸し出している。

確かに、良い光景と呼べなくもない。

「言われてみれば、良い終わり方のような気がしてきた」

「そうでしょう、そうでしょう」

「この危険そうな音さえしなければ、もっと良かったな」

「それもそうですね」

そうなのだ。ゴンドラ内には、絶えず鈍い音が響いている。長い年月を、雨風にさらされていたせいなのだろう。稼働しているということは安全だという判断が下されているということなのだろうが、こうもずっと鳴っていると心臓に悪い。

「……落ちないですよね?」

如月も、危機感を覚えてきたらしい。不安そうに、辺りを見回している。

「ここに来て遂に心中か、短い人生だったな」

短いながらに、良いことも悪いこともよく起こる面白い人生だった。

「洒落にもならないことを言わないでくださいよ」

「すまない。悪ノリが過ぎた」

「もう。……結局、当初の目的も果たせてませんし」

「そうだな」

今が絶好の、チャンスではあるんだろうけれど。

このまま落ちるかもしれないという可能性のせいで、心臓がバクバクと鼓動を速くして痛みを感じる。

「そう思っているなら、してくれてもいいんですよ」

彼女はため息混じりといった調子で、そんなことを言う。これは、意地になっているだけなんだろうか。それとも、本当にしてほしいと思っているのだろうか。

「本当にしてほしいんですよ」

「……そうか」

「それに北斗さん、前に言ってたでしょう? そういうのは本当に好き合っている同士がするものだって。今となっては私たち、本当に好き合っているんです。なにも問題はないじゃないですか」

「問題はある。恥ずかしい」

「乗り越えるべき羞恥です」

「大体、下から誰かが見てるかもしれないじゃないか」

どうして観覧車でキスなんていう羞恥を晒すような行為を、絶好のチャンスだと思ってしまったのだろう。それらしい漫画を読んだことがあるのだろうか?雰囲気に呑まれてはいけない。

「どうせ見えませんよ。見えていたとしても、若気の至りだと思って見守っていただけるはずです」

その発言に、驚きの声が漏れかける。

「なんですか?」

「いや。如月、ネアカだから時々困るなぁと思って」

「これは根が明るいとかそういう問題ではないでしょう?」

「絶対ある」

そうこう言い合っているうちに、1番上の高いところまで上がってきてしまった。あとは降りて行く一方だ。ゴンドラ内は未だにギィギィと鈍い音が鳴っている。ずっと鳴っているつもりなんだろうか。

少しくらい鳴り止めばいいのにな……。

そう口に出そうとした時、こちらを見つめる如月の目が少し悲しそうに見えた。これでは本当に、彼女に魅力がないと暗に言っているみたいだ。それは良くない。

「如月」

「なんですか……」

ぬるくてやわらかい感触に触れたのは、ほんの瞬間。一瞬の出来事すぎて、よく聞くレモンの味がするのかは全然分からなかった。

何が起こったのか分からず、こちらを唖然と見つめる如月。急に鈍い音も聞こえなくなり、うるさい心臓の音だけが響くゴンドラ内。

「……今、します?」

静かだけれどはっきりとした問いに、俺は答えを返すことが出来なかった。無言の肯定である。それが良くない選択であることは薄々理解していたが、何を言っても言い訳にしかならないと思った。実際、今この瞬間に言うことはすべて言い訳にしかならないだろう。

「……もう1回しようか?」

それなのに、俺の口はとんでもないことを言い始めた。どうしてそんな言葉が出てきたのか。俺のことなのに、俺自身が全く分からない。

「……今日はやめておきましょう」

「あぁ、そうだな……」

「…………今度は、私にも心の準備をさせてください」

そう言って手で顔を隠そうとする如月の耳は、真っ赤に染まっていた。やっぱり恥ずかしかったんじゃないか。口からはそんな言葉が出ていかず、代わりにその可愛らしい耳にキスをしてしまいたくなった俺は、多分高揚感でどうかしている。

こういうのを多分、幸せと言うのだろう。

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