未遂

「あの、北斗さん」

彼女はすごく言いづらそうに、口を開いた。

「なんですか、如月さん」

「もう、今日はやめにしませんか?」

遂に言われてしまった言葉に、ああとため息が溢れる。

「……そんなこと言わないでくれ。今日しか無理なんだ」

「そうは言ってますけど、北斗さんが『今日こそはキスをしてみせる』って宣言してから、もう3時間も経っているんですよ。この調子だと、今日は無理ですって」

なにも言い返せない。そうだ。自らで『今日こそはキスをしてみせる』と言って部屋に招いたというのに、未だ如月に触れることすら出来ていないのだ。そんな自分が恨めしい。

しかし、3時間も経っていたというのは驚きだ。せいぜい、30分程度だと思っていた。長い時間にもかかわらずなにも言わないで待っていてくれた如月は、聖母かなにかなのだろうか。多分そうなのかもしれない。

「よく分からないことを考える程度には疲れてるんですよ。今日のところは諦めて、今から外にでも出て遊びましょうよ」

そう言われ、待たせてしまった申し訳なさから急いで外に出る準備を始める。

「……今日ならいけると思ったんだよ」

「なにを根拠に言ってるんですか? こういうのはむしろ、構えてやるものではなくて、その場のノリによるものじゃないですか」

「キスとかしたことないから、心構えとか分かるはずもない」

「わ、私だってしたことないですけど、漫画とかだとそんな感じのことが多いと思います」

「確かに、俺の知っている限りじゃ『キスをしようと意気込んだものの、なにもしないまま3時間が経ってしまった』という描写はなかったように思える」

「まったく、優しすぎるのも困りものですよ」

「優しいというか……恥ずかしい」

「それじゃあ、その恥ずかしさを上回るくらい『キスしたい』と思わないとダメなのかもしれませんね」

なるほど、だから突然なキスが多いのかもしれませんと納得している如月の明るさが、少しばかり怖い。

「……したくないわけじゃないんだよ?」

「知ってますよ。じゃないと3時間も待ちませんって」

彼女はふふっと、声を上げて笑う。

「葛藤する北斗さん、最高に可愛かったですよ」

あぁ、そうか。全部、読まれていたんだ。

改めてそれを理解すると、その場に座り込むくらいの恥ずかしさを感じるのであった。

「追撃を食らった気分」

「北斗さんに大ダメージ。一回休み」

「すごろくかよ」

「外へ行かずに、ゲームでもします?」

「……いや、大ダメージだが休むほどじゃないから外に行こう」

「それですか。じゃあ、はい」

彼女が差し伸べる手を、優しく手に取る。

「はいはい」

「手を繋ぐことに対しては恥じらいはないのに、どうしてキスだけあんなにテンパるんです?」

「むしろテンパらない人間がおかしいとすら思う」

「今時の高校生はテンパりませんよ」

「じゃあ俺は、大昔の高校生なんだよ」

そう言った途端、如月は堪え切れないといった様子で吹き出した。そんなに笑わなくたっていいじゃないか!

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