冬休み最終日
目の前で繰り広げられている惨状を見て、思わず目の前が真っ暗になりそうだった。というか、ほぼなっている。こんな状況、ならないわけがない。
それでも頭を抑えながら前を向き、口を開く。
「……全員、なにか言いたいことがあるなら手を動かしながら言ってみろ」
「今回は終わらせようとしたんですよ!? 本当に!」
右斜め隣に座った如月が、課題から顔を上げ必死な顔でこちらへと訴える。その力を、課題にきちんとした形で活かして欲しい。
「今ここで俺から見えるのは、終わっていない現実だけだ。手を動かせ」
「ぶっちゃけ課題とかやらなくても、休み明けテスト余裕なんだよねー」
「あのなぁ……」
意外なキャラクター性を見せる小坂だが、課題を終わらせていない人間がそれを言うのは言い訳に過ぎない。というか小坂は早急に課題を終わらせたという話を小耳に挟んでいたんだが、あれはほかの人だったのだろうか。
「そういう態度は敵を作るから、今すぐにやめろ」
「やだ、母さんと同じこと言ってる」
「同じことを言わせるな」
「俺は終わらせようと思えば終わらせられたけど、この集まりが面白そうだったから終わらせてない」
「愉快犯やめろ!?」
そう言う幹典は、カラカラと笑いながら余裕そうに現文のプリントを解いていた。本当にわざと終わらせていないのだろう。勘弁してほしい。
「全員の課題の面倒見るとか狂人なんですか?」
「狂人にさせてるのはお前たちだよ!!」
澄ました顔をしている星川だが、今やっているもののみならず、いくつかの課題を積んでいる。どうして知り合いの全員が全員、冬休み最終日だというのに課題を終わらせていないのだろう。意味が分からない。
「もー、カリカリしちゃ身体に悪いぞ北斗っち」
「……なんのひねりもないあだ名どーも」
小坂の言った言葉に、残りの3人が反応。口々に北斗っちと口にし始めたので、耳を雑に塞ぎながら手を動かすことを促す。
「北斗っちとか言ってる場合じゃないだろ、手を動かせ手を」
「みかん」
「どうしたの那緒」
「北斗っちの『っち』って、なんの『っち』ですか?」
「アレだよアレ。しゃもじの『もじ』みたいな」
「もじ……?」
「うわっ、分っかりにくいネタ!」
「微妙に気になって手が付かなくなるような話をするな。分からないやつは後で調べろ」
「しゃもじ、語源っと」
「課題に書くな」
「ほ……北斗っちって、案外几帳面ですよね」
「別にそんなつもりはないんだが?」
「それ思う。タオルとか1ミリでも汚れたらすぐ洗濯機に入れてそう」
「えっ、潔癖と几帳面は違うんじゃないの?」
「やだなぁ、イメージだよ」
「そ、そうなんですか……?」
「どうしてそう深刻な顔で聞いてくるんだ。やめてくれ、別にそんなことはない。あと手は動かせ」
そんなくだらないやり取りを挟みながらも課題をやり続けて1時間。早くも限界が来たのか、各々からやる気が徐々になくなっていくのが目に見えて分かった。これは良くない。そう思い、気分転換も兼ねたお菓子を取りに行こうとしたところ、小坂がシャープペンを転がした。
「もういやー」
カラカラと響く音に、その場の全員が目を引かれる。
「ある程度手を付けてる2人はともかく、私と那緒はもう無理だよ。今日は諦めて、帰って寝よう?」
匙を投げた発言に、思わず首を振った。
「諦めようとするな!?」
「どうせあと数人、いや十数人は終わってないって」
笑いながら言われても困る内容を話されつつ、シャープペンを筆箱に入れて現代文のワークを畳もうとする小坂の手を取る。
「今終わらせたほうが、明日の自分が楽になれるぞ」
そう言った途端に、視界の端で如月が同じように課題を畳んだので、片方の手を離して如月の手も取る。
「な? 課題やろう?」
「……課題終わらせる人って、みんなそういう考え方なのかな?」
「知り合いがほぼ課題を終わらせてない人間だから分からないが、少なくとも俺はそうだ」
「言うこと分かるし、やるよ。はい」
小坂は自らの手から俺の手を剥がし、如月の上に乗せた。その上からさらに如月のもう片方の手が乗っかり、しっかりと手を握られる。
「……えっ、なに?」
「課題は必ず終わらせるので、手を握っていてください」
「……言ったな!?」
突き刺さるいくつかの視線を意地で振り払い、如月の白くて柔らかな温かい手を握る。俺が手を握ったのを確認した彼女は、再びシャープペンを握り直して課題を終わらせようと筆を走らせる。その速さは圧倒的で、最初からこうすれば良かったのかもしれないと思わせるほどだった。
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