ないよない☆0

「で、話があるんだけど」

「断る」

「瞬殺ぅ?」

神妙な面持ちの彼を前にして、厄介事を持ち込まれると直感が告げている。俺は、即座に首を横に振った。わざわざ教室から離れた場所に連れてきた時点でアウトだ。口調は冗談めいているものの、目がマジになっている。どうせろくな話じゃない。

「話だけでも聞いてよ」

「こういうのはたいてい、話を聞いた時点で後戻りできなくなるだろう」

「まあそうだよね。今度の即売会、那緒ちゃん借りれないかなって話なんだけど」

「いや、なんで?」

思わず聞き返した俺を見て、幹則はニヤリと笑う。くそ、話が始まってしまった。即売会という単語がよくない。

「那緒ちゃんには是非、俺のスペースでコス売り子をしていただきたい」

「だと思った」

「分かる?」

「なんで俺に聞くんだよ?」

「那緒ちゃんが『北斗さんと一緒ならいいですよ』って言ったから」

「既に如月まで話は通ってんのかよ」

「そりゃあね」

「じゃあ俺は」

いらないだろ、とは言い切れなかった。人口密度の高くなる即売会。人とすれ違うだけでも、相当な精神力を要するだろう。如月はそれを予想し、俺を呼んでほしいと条件をつけたに違いない。まったく、迷惑な話だ。断ることは簡単なのだが、純粋に疑問が浮かぶ。

「あいつに、なんのコスプレをさせるつもりだよ」

「これ」

幹則のスマートフォンに表示されているのは、彼が最近イラストを公開し始めたキャラクターの紹介画面だった。彼女の身にまとっている赤を基調とした制服のようなデザインは、確かに如月が着たら似合いそうではある。

「この衣装は?」

「作った」

「作ったぁ?」

「ほら」

激しいスクロールの末に表示されたのは、確かに先ほど見せられた衣装そのものだった。

「いつやったんだよ」

「こつこつとね」

「……費用は?」

「ふたりの交通費とかその他諸々くらいは出すよ」

「用意周到なことで」

「それほどでも。で、どう? 行く気になった?」

「ならない」

「このいけず!」



それはある日の昼休み、何気なく発された言葉だった。

「北斗って、俺には素直じゃないよな」

箸を動かしていた手が、自然と止まる。思考も、一瞬止まった。その発言を自らが理解するのに、時間にして十数秒を必要とした。そこから口を開くのにもまた、同じくらいの時間が必要になる。

「俺は、お前には素直なつもりなんだが」

嘘だろと言いたげな目が、こちらを見ている。いや、彼がこんな反応をしてしまうのも、無理はないだろう。振り返ってみれば、幹則に対しては素直どころか度の行き過ぎた言動をしている場面ばかりが思い出される。これでは、素直ではないと思われても仕方がない。友人と思われているかだって、怪しいものだ。

「い」

「い?」

「……いつも粗暴な態度を取ってしまって、申し訳ない」

「……うん」

「俺は俺と話してくれる幹則に、心から感謝している」

「知ってる」

「……知ってる?」

「うん。知ってる」

「それは、ありがとう」

「どういたしまして」



「これ、貸し出しお願いします」

「はい……ってあ」

「げっ」

「げっとかいうなよ」

本から顔を上げれば見知った顔がおり、失礼なことに俺の顔を見て嫌そうな顔をした。しかしそれ以上突っ込んだところで罵詈雑言しか彼からは引き出せそうにないので、素直に本を受け取る。彼が借りようとしていたのは、苺について書かれている本だった。

「……苺?」

予想外のセレクトに、思わず問いかけてしまう。

「悪いか」

嫌そうな恥ずかしそうな彼を見て、これはいけないと思い首を横に振った。

「いや、悪くない。ただ、蜜柑じゃないんだなとは思った」

「それは如月さんの好みであって、俺には俺の好みがあるから」

へぇ苺が好きなのか意外だな。という俺の思考は、彼女でなくとも読み取れたのだろう。彼は苛立ちを隠さずに早くしろと急かしてくる。ごめんなさいと謝りつつ、学生証を受け取りバーコードを読み取った。

「ありがとうございます」

それから本のバーコードも読み取りつつ、苺かと思い直す。

「なんだよ、まだ言うのか」

どうやら口に出ていたらしい。ひったくるように本を奪い取ると、彼はこちらを睨みつけてくる。

「いや、違うんだ。最近読んだWeb小説の登場人物が、苺農家だったなぁと思って」

「……Web小説?」

睨んでいた視線が一転、予想外だったかよように目を丸くさせて驚かれてしまった。まさかそこを聞き返されるとは思わず、あ、ああと曖昧な言葉を返す。

「……どんな話なんだよ?」

彼もWeb小説に興味があるほうなのだろうか。ライトノベルを読むらしいし、読んでいてもおかしくはない。

「とある楽器奏者が、苺農家に求婚される話。設定も変わってるんだけど、それを生かした会話文が愉快でさ。最近見てる話のなかでは、一番更新を楽しみにしてる」

「……ふーん」

随分と長い『ふーん』だなぁと思った。焦点も定まっていないし、いつもとは違う意味で少し様子がおかしい。俺の説明では興味が湧かないのかもしれないと思ったが、あれは読まないと良さは伝わらない。本を紹介するというのは難しいことだなと再認識しながら、彼の動向を見守る。

「……あのさ」

やがて、彼がおずおずと言った調子で口を開いた。

「うん?」

「そういうの、ちゃんとレビューとかにしたほうがいいよ」

それは分かっている。分かっているけれど、それが難しいのだ。

「それはそうなんだろうけど、俺の拙い文章で面白かったって感想がちゃんと伝えられるのか不安で」

そう言って苦笑する俺の視線を、星川はじっと見つめる。

「伝えようとしなきゃ、伝わるものも伝わらない」

真剣な口調に、ただなにも言わず首を縦に振った。彼はやはり誠実で真面目なのだと、思い直す。いい人だと分かっているからこそ、多少の粗雑な口調でも許せているのだろう。

「分かった。帰ってからちゃんと考えてレビューするよ」

「……まぁ、お前からのレビューなんて嬉しくないだろうけどな!」

彼は少し怒ったように頬を赤らめながら、そっぽを向いて図書館から出て行った。

「難儀な奴……」

丁寧に閉められた扉を見て、より一層そう思う。

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