伏せる日

「ハロウィンパーティ、楽しかったですね」

如月はあの時のことを思い出すように笑いながら、そう切り出した。

「そうだな」

思い出される彼女のステキな格好を即座に振り払い、冷静を装う。どうせ彼女相手には装えないのだが、ステキな格好だけが良かったわけではないので誤解はしないでいただきたい。分かってますよとでも言いたげに、彼女の目が細められる。

「小坂や星川の過去の話だとかクラスとか同級生とか、色んな話が知られて良かった。ああいうことなら、またやりたい」

「次は、幹典も誘いたいですね」

年末に向けて様々なことに追われている彼は、残念ながら来られなかった。悔しそうに唸りつつ俺の弁当箱から卵焼きを奪っていったので、素直に頷けない。

「北斗さんのお弁当の卵焼きは甘いものですか?」

「甘い。けど、俺自身には卵焼きへのこだわりがない」

「そうなんですか。それはそうと」

「それはそうと?」

「最近、私とすれ違う度に北斗さんから好きって想いが溢れているので、思わず私も好きって返してしまいそうになって困るんですよ。どうすればいいと思いますか?」

「そういうことを、ほとんど真顔で言えてしまうお前が分からない」

一気に顔へ熱がこもっていくのを隠すため、勢いのまま机に伏した。自分の思考が恥ずかしいのはもちろんのこと、彼女の困っている内容も可愛いらしい。だというのに、困っているとは思えない表情に俺の方が困惑させられてしまう。長い長いため息が、口から漏れ出た。

「私は真剣に困ってるんですよ、真顔にもなります」

「そうですか」

顔を上げると、やや機嫌を悪くした彼女が、こちらをじっと見つめている。かわいい。今そう思ってしまうのは、如月にとって更なる不快感を与えてしまうんだろう。自らの思考だというのに、溢れ出る感情は止められない。

「ごめんって」

俺の視線よりも上にある彼女の目が、こちらをじっと見つめ続けてくる。このまま目を合わせていたら、吸い込まれてしまいそうだ。吸い込まれてしまうわけにはいかない。

「分かった。帰りながら話そう。学校で話す内容じゃない」

リュックを手に立ち上がる。しかし、彼女は座ったまま。立ち上がろうという意思すら見えてこない。それどころか、今度は彼女が机に伏した。

「そうです。思考は、止められないんです。私が、口から漏れ出そうになる好きを押し留めればいいんです」

深いため息が、短く溢れる。

「でも、多分数回くらいは口にしてしまっているんです。抑えられないから」

『好き』だと、宙へと呟く如月を想像する。

バッ。

突然、彼女が顔を上げた。

「卑怯です。私は、口にしないと想いを伝えられないなんて」

「それが普通なんじゃないか?」

俺にとっては、思考を読む方が卑怯だ。

「いいえ。私にとっての普通は人の思考が聞こえる方です。ですので、北斗さんも悠真君が行ったという場所で修行を積んで、私と同じ能力を身に付けて来てください」

「天然由来のものと並ぶには、一体何年かかるんだろうな」

「悠真君は北斗さんより強い能力を手に入れてますし、大丈夫ですよ」

それもそうだ。俺自身が天然なのに負けている。

「……行かないからな?」

「えぇ。この感情は、一時の困惑だと分かっているので、大丈夫です。何も気にしないでください」

彼女が立ち上がった。鞄を手にして、扉へと歩き始める。

「さぁ、帰りましょう。北斗さんには、帰りながら私に好きだと言葉にして言ってもらいますから」

言葉にしてを強調しながら、そう宣言された。

「そうか」

再び座りかけた俺の裾を、彼女が引っ張る。ずるずると引かれながら、教室を後にした。

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