ハロウィンパーティの日

「いらっしゃーい!」

「ませー……」

出迎えてくれた彼女らの格好を見て、頭の中が真っ白になった。それも当然。如月は魔女、小坂は黒猫を模した仮装を身に纏っていた。いかにもな仮装だが、2人にはとてもよく似合っている。驚きの状況に、開いた口が塞がらない。星川も同じように動揺しており、そんな俺たちの様子を見た小坂は満足そうに頷いている。

「いいでしょーこれ! ハロウィンらしくて、とってもかわいい!」

見て見ての言葉とともに服を強調してくる小坂と、俯きながらスカートの丈を気にしている如月。羞恥の念の違いによる2人のテンションの落差に、不覚にもときめいてしまう。それは、今まで悩んでいたことがすべて吹き飛んでしまうくらいの衝撃を俺に与えた。

かわいい。

かわいすぎる。

かわいすぎやしないか!?

「は、早く閉めてください」

「あ、あぁ」

混乱する俺をよそに、恥じらう如月が声を荒げる。言葉に従い、残っていた冷静さで入ってきた扉を閉めた。

「さすがに、これで外に出るわけにはいかないからねー」

「室内であっても、限りなく抵抗があります」

「大丈夫だって! 那緒はかわいいんだからさ!」

「もー……」

冷静さがガラガラと音を立てて崩れていき、邪な想像が脳内を埋めていく。じんわりと熱くなっていく頬を、叱責の意味を込めて軽く叩いた。ふっと、こちらを見る如月と目が合う。違う。違うんだ。どうせ考えるだけで実行に移す勇気など無いと、お前ならば分かってくれるだろう。いや、ごめん、ごめんなさい。

予想とは異なり、彼女の視線はすぐに小坂へと向き直り、彼女との会話を続けている。わざと無視をしているのだろうかとも思ったが、そこで気が付いた。今は星川が近くにいるから、何も伝わってないのである。それなら大丈夫だろう、いやいや、それでも人前での脳内空想は慎まなければと思いながら、星川の方へと視線を向けた。星川の目は如月へと向いており、光の加減からか泣いているように見える。

「……え?」

星川の頬を、確かに一筋の雫が流れていた。その光景に、俺の頬からは熱が引いていく。

「な、泣いてる……?」

「鼻血の代わりみたいな?」

酷い例えだが、その通りかもしれない。もしもここが漫画の世界だったら、きっと彼は鼻血を出していたんだろう。

「と、とりあえず涙を拭いてください」

如月が差し出したティッシュペーパーを、星川は恭しく受け取った。丁寧に目元をぬぐいながら、彼は早口で思いを告げる。

「一匹狼だった那緒さんに友人が出来て嬉しい反面、彼女が俗世に染まってしまうことが大変悲しいです」

「偶像と書いてアイドルへ向ける熱量だ」

「それは分からないが落ち着け。とりあえず、中に入れてもらおう。いいな?」

「うん。入って入って。靴脱げる? 手は貸さなくていい?」

「大丈夫です」

そう言った彼の声は、微かに震えていた。俺以上に衝撃を食らったらしい。気持ちは分かる。星川の様子を見て冷静になれないまま時間が経っていたら、俺が鼻血を出していたはずだ。彼の心情を思いつつ、落ち着けたことに心の中で感謝の念を送る。

靴を揃えて端の方へと置き、おじゃましますと声をかけた。どうぞと差し出されたスリッパを履き、2階にあるという小坂の部屋へと向かう。廊下には、彼女の名前の載った賞状がいくつか飾ってあった。過去に作文などで、表彰を受けたらしい。大切に額へ入れてあるのを見ていると、彼女もまた大切にされているのだろうなと思った。

『みかんの部屋。必ずノック!!!』

部屋の前には、そう書かれている蜜柑の描かれた紙が貼られている。主張が激しいのか、愛が深いのか。開けられた扉から見える限りでも、彼女の部屋は綺麗に飾り付けられていた。入ってみると、全面にヒラヒラとした装飾が飾られている。手作り感がすさまじい。

「好きなクッションの上に座っていいよー。そんでお菓子出して、好きなのを好きなように食べよう!」

「分かった」

言われた通り、置いてあるクッションを無作為に手にとって座る。俺を起点として、右から順に星川、小坂、如月とテーブルの4隅に落ち着いた。

「あ、でも、ここあんまり広くないから、これが終わってから開けてもらおっかな」

言いながら彼女は、スナック菓子を雑多に手に取り口へと放り込む。テーブルには、既に封の開いたお菓子とペットボトルが置いてあった。飾り付けをしている最中にでも食べたのだろう。

「2人が持ってきたお菓子が気になるので、1度出してみるだけ出してもらいませんか?」

「俺はいいよ。大体ここに置いてあるのと似たようなラインナップだし」

「俺も似たような物ですよ」

「嘘つき」

珍しい如月の物言いに、えっと声が出てしまった。

「悠真君の袋に入っているそれはハロウィンのオレンジじゃなくて、蜜柑の色でしょう?」

蜜柑の関わっていることだからか、彼女にしては随分と棘のある言い方で開封を急かす。言われた星川はバレちゃいましたかと、頭を首を傾げて笑った。そして袋からは、ゆっくりと『蜜柑色』の包装が現れる。

「わぁ、さすが悠真君! イケメン!」

蜜柑味のお菓子が、本当に入っていた。

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