120円分の餞別

『お菓子はともかく、ジュースは量が多くても少なくても困ると思うんだが』

『そう言われてみればそうかも。どうする? 私が買っておこうか?』

『各々で好きな飲み物を持って行くのはどうでしょうか。飲むものはもちろん、ペットボトルとか缶とか紙パックとかで、量も自分で選べますし』

『いいですね、それ』

『オッケー! じゃあ、そういうことで!』

3日前に交わされた、ハロウィンパーティ参加者のメッセージ履歴を見返す。上から俺、小坂、星川、如月、小坂。星川のガッツポーズが目に浮かんで渇いた笑いがこみ上げるも、すぐに虚しさからため息を吐き出した。

ハロウィンとは名ばかりのパーティ当日、集合時間の30分ほど前。あとは飲み物を買うだけだというのに、選ぶ気力も無いまま、自販機前のベンチにもたれかかっていた。何かに意識を集中させることなく、ぼうっと宙を見つめ続ける。空は薄い青色。吹く風は秋らしく冷たい。時折、手に提げている菓子の入った紙袋ががさがさと音を立てる。入っているのは、絶対に被るであろう定番のチョコやスナック菓子。オレンジの特別なパッケージに包まれているものを、値段の分だけ適当に手に取った。

『変えたいと思った時に変えたら良いんじゃないかな』

首を傾げた彼女の顔が、脳裏をよぎる。

「……どうなんだろうな」

変えたいのかどうかも、自分では分からない。自分が感じた蟠りの正体が掴めないまま、ぐるぐると同じ思考の中でループを繰り返している。如月。那緒。なんて呼べばいいのか。呼び方は変えた方がいいのか、嫌だろうか、どうだろうか。

以前は遠慮なく接していたというのに、いざ『恋人』という関係性になった途端に距離が掴めなくなってしまった。なんて愚かな人間なんだろう。なんらかの反応を返されることが、少し怖い。知られてしまうことを避け、本人と顔を合わせることもままならないまま、時間だけが過ぎていく。

「何も間違ってなかったじゃないか」

ガコンッ。小気味のよい音に、背筋が伸びた。自販機で飲料を購入したらしい人の気配が近づいてくる。ベンチの片側に座りたいのかと思い端にズレると、違うという否定の言葉がかけられた。

「君だよ、君」

見覚えのある顔だったが、名前が出てこない。しかし、この特徴的なしゃべり方には聞き覚えがある。なんらかの形で話したことはあるんだろう。委員会で一緒になったことがあるのかもしれない。

「何がだ?」

間違ってなかったとかいうことの内容で、思い出せたら良いんだが。

「君があの子に惚れ込んでるって話」

あの子に、惚れ込んでいる。寒空の下で、顔だけが火照っていく。何を話した人かは思い出せた。それは絶対にないと否定したのに、そうだと思っていたのに、時間の経過とは恐ろしいものだ。今ではすっかり、惚れ込んでしまっている。

「君、自分が分かりやすいってもう少し自覚した方が良いよ」

目の前で彼女が、困ったように笑った。これでも自分は無表情だと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。続けざまに2人から指摘を受ける程度には、表情の移り変わりがあるようだ。違うクラスの彼女らが察しているのだし、もしかすると同じクラスの人間には丸分かりなのかもしれない。そう考えると、余計に恥ずかしくなる。

「……今後は気をつける」

強めの咳払いを2回して、気まずさを取り払う。

「何してるんだい、こんなところで」

「ちょっと、飲み物を買いに」

「そう。じゃあ、私はこれで」

「ひ、人になにをしているか聞いておきながら速攻で帰るのかよ」

「これでも私は忙しいんだ。陰気くさい人間に付き合う義理はない。これでも飲んで、目を覚ましたらいい」

そういって投げられたのは缶コーヒー。手に取る瞬間、冷たさに手が痛んだ。

「え。いや、悪いって」

「いいんだよ。間違えて飲めない無糖を買ってしまったからね。だが、君が目を覚ますのにはちょうどいいだろう?」

「代わりのは買わないのか」

「飲み物はここじゃなくても買えるから問題ない。じゃあ、今度こそさようなら」

「あ、ああ。ありがとう」

向けられた背に、小さく手を振る。残された缶コーヒーを見て、目を覚ませという言葉と共にどうにもベタな展開だなと思った。缶の冷たさで、すでにある程度目が覚めてしまっている。躊躇いながらもプルタブに手をかけ、コーヒーを流し込んだ。口の中いっぱいに広がる苦さに、より一層目が覚める。ベタだなと思ってしまうだけあって、確実な効果があるようだ。空いた缶をゴミ箱へと投げ捨てる。上手く投げ入れることに成功し、小さなガッツポーズと共に口元に笑みが浮かんだ。その勢いで立ち上がる。スマートフォンで時刻を確認すると、小走りでギリギリ間に合うであろう時間になっていた。これ以上悩んでも仕方がない。如月那緒を前にして、いざとなって出てくる呼び方が、きっと俺の答えだ。自販機の前へ行き、温かい緑茶のボタンを押す。

「……よし」

目的地は、学校前校門。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る