まぶしい日
「聞いたよ。ようやく付き合い始めたんだってね? 本当に良かったよ、おめでとう!」
図書館から帰ってきて教室の扉を開くと、目の前にオレンジ色の果実を差し出された。見慣れた小さめの丸いフォルムが、光の加減により輝いて見える。
「あの、これは一体?」
「これはおめでとう蜜柑。君が帰ってこなかったら、3人で分けて食べる予定だったものだよ」
それは、あまり本人の前では言わない方がいいことなんじゃなかろうか。
「3人?」
目の前には、蜜柑を差し出してきた小坂。室内を見渡せば、物欲しそうに蜜柑を見つめる如月が自らの椅子に座り、そんな彼女を見つめる星川が後ろの席にいた。如月の隣には、小坂の座っていた痕跡が見られる。珍しい組み合わせだ。俺も含めて、一応は如月つながりと呼べるかもしれない。
「気持ちだけもらっておくよ。3人で食べたらいい」
「いいの!? 本当に!?」
「いいよ、本当に」
「後悔しない……?」
真剣な表情で、最終確認を取られる。そういえば、彼女も蜜柑が好きな人だった。蜜柑を食べたがらない俺が、不思議でしょうがないのだろう。嫌いでもないけれど彼女たちほど好きでもない。どうせ食べるのならば、好きな人が食べた方が良いだろう。
「しない」
「絶対に?」
「絶対に」
「わーい、やったー!」
彼女は嬉しそうに蜜柑の皮を剥きながら席へと戻っていく。如月とは違い1本の線のように円状に向いているが、綺麗な剥き方だ。
「俺も遠慮しておきます。お2人で分けてください」
本当に? いいの? ええ。俺と同じやりとりを数回、星川とも交わす。
「じゃあ半分こ出来るね。はい、那緒」
「ありがとう、みかん……さん」
「あ、またさん付けた! 1房もらうよ!?」
「やめてください。もう3つも取られて私、泣いてしまいそうです」
「そんなぁ。笑ったほうがかわいいよ」
「く、くすぐった……!」
那緒、みかんって。ついこの間から仲が良くなっているような気はしていたが、まさかもう呼び捨てで名前を呼び合う仲になっていたとは驚きだ。1度は方向性の違いにより距離を置いていたというのに、それがどうしてこんな距離の詰め方をしているのだろう。2人が思っていた以上に、実際の相性は良かったのだろうか。いや、まずそこに至るきっかけはなんだったんだろう。星川の席へ近付き、思わず問いかけた。
「いつの間に、あの2人がこんな仲になってたか知ってる?」
机を見ると、彼は少し歪な剥き方をしている。
「あんたでさえ知らないことを、俺が知っているわけないじゃないですか」
如月が聞いていないことを予想してか、二人称が乱雑だ。まぁ、会話が出来るだけマシだとも思える。内心ではひやひやしつつも、バレないように簡素な言葉を返した。
「それもそうだな」
如月はともかく、小坂とは知り合ったばかりで知っていることは少ないだろう。それに関しては、俺も大差ないのだが。
「でも、良かったです」
「何が?」
「如月さんが、こんなにも楽しそうに人と話しているところを見れるなんて思いもしませんでした」
本当にそう思う。小学校からの彼女を見てきた彼は、よりいっそう感慨深いはずだ。
「……そう言えば、さっきまでなに話してたんだよ?」
「内緒です」
「内緒にするほどのことを話してたのか」
「内容がどうあれ、こういうのは友人特権です」
「友人特権って」
「俺はもう、北斗さんが見られない友人としての如月さんを見ることが出来るんです」
「なんだそれ」
たとえ如月に向ける感情の類いが変わったところで、俺の視線の先にいる如月は変わっていないはずだ。友人特権も何もないだろうに。
小坂と話していた彼女が、こちらの視線に気付いた。微笑まれる。
「確かに、前よりもまぶしく見える気がする」
「如月さん関係なく純粋にムカつく」
蹴られた足は、帰る頃になって痛みを感じ始めた。時間差攻撃。阻害とはまた別の能力者なんじゃないかという思考を振り払う。いやいや、そんなことがあってたまるか。
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