手を差し出す日
『俺は、如月那緒さんのことが好きです』
とても、自らが発した言葉とは思えない。しかし、たしかに自分は言ったのだ。言ってしまったのだ。宇佐美北斗は、如月那緒のことが好きであると、当人を前にして告げたのである。
顔は火が出そうなくらいに熱い。手には、汗がじっとりと浮かんでいる。勢いで言ってしまったことによる失態感が、頭の中を埋め尽くしていた。
対して彼女は、茶化すでもなく照れるでもなく拒絶するでもなく、ただ真摯な視線でこちらと向き合ってくれている。そうだ。自分も、彼女の返答に対してそうあらなくてはならない。だから、逸らしたい目線は合わせたまま、立ち去りたい足は彼女と並行に向き合ったまま、答えを待つ。彼女が口を開くまでの数秒が、時が止まってしまったのだろうかと思うくらいに長い時間に思えた。
真剣な表情をしていた彼女の目元が和らぎ、ふっと笑う。
「私も、北斗さんのことが好きです」
1番望んでいた答えが、彼女の口から聞けた。どんな結果であれ受け入れる覚悟はしていたが、やはり好きな人物に好意を返されると嬉しいものは嬉しい。
「……ありがとうございます」
足の先まで入っていた力が、一気に抜けていくのを感じる。今までにないくらい緊張してしまった。その分、力の抜け方もすごい。
「こちらこそ、ありがとうございます」
如月の声が、少し近くなる。
「なにやらいろいろとありましたけど、これからは晴れて好き同士ですね」
パーソナルスペースにするりと入られた。思考が読まれる、いつもの距離。
「キスとか、しますか?」
「ばっ」
ばかなのかこのひとは。ゆだんしている時にいきなりそんなことを言うものだから、思わず後ずさってしまった。
「こ、こんな時にからかうのは程々にした方がいい。色々と問題になる」
前から思っていたけど、積極的すぎやしないか。楽しげに笑っていると思って見たその顔はしかし、至って真剣な表情をしていた。
「そういうことは段階を踏んでから、ですよね。知ってます。私がしたいから、言ってみただけです」
その顔が、ゆっくりと赤く染まっていく。からかっているわけではないらしい。つられて、俺の頬も熱くなっていく。
「あ。もちろん、能力なんて関係なく、北斗さんが好きだからですよ?」
「……あのなぁ」
どこから何を言えばいいのか分からない。全部間違っている気もするし、なんだかそれでいいような気もしてくる。
「分かりました。分かりましたから、そんなに取り乱さないでください」
「取り乱してるのはどっちだよ」
「どっちもですよね」
「ああ、確かに」
小さな笑いが、教室に響く。視線を逸らした如月に続いて時計を見ると、もうすぐで下校時刻を指そうとしていた。
「日が暮れるのも、すっかり早くなってしまいましたね」
「そうだな」
言いながら互いに席へと戻り、鞄を手に取る。扉の前で彼女が足を止めた。不審に思いながらもその前で足を止めると、彼女は振り返る。
「さて、それでは帰りましょうか」
それが当然のことであるかのごとく、如月はこちらへと手を差し出した。
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