ファストフードの日
学校から最も近いファストフード店では、所属を問わず高校生がちらほらと見かけられた。一緒にいる人間が人間なだけに、周囲の視線をそこはかとなく気にしてしまう。
「1番高いのにしようよ」
「これのセットにこれを合わせて、これを追加するなんてどうですか?」
「お、いいかも!」
「やめろ」
そんな自分のことなどお構いなしに、2人は、というか主に小坂が、メニュー表を見ながらあれやこれやと話している。相変わらず、如月はいつもより楽しそうな表情をしていた。いつの間にそこまで親しくなったのか疑問に思いながらも、彼女らの間からメニューをのぞき見る。
結局、いつもと同じセットを頼んだ。無難が1番である。彼女らも別に高額さを重視することなく注文し終えると、先にテーブルの方へと向かっていった。出された2枚のトレーを持って、2人の座っているテーブルへと向かう。如月と小坂が隣合わせで座っていたので、テーブルを挟んで反対側に座った。
「それで、今日のは一体どういうことなの? あの格好いい人は何者?」
早速ポテトをケチャップに付けて食べながら、小坂は聞く。ある程度騒がしさのある店内だから、情報漏洩についてはそんなに気にしなくていいはずだ。如月は、ゆっくりと口を開く。
「彼は星川悠真。小学校5年生の時に同級生から工作を壊された張本人であり、その事件でうっかり犯人を当ててしまった私に好意を持ち、そのせいで中学校2年生の時に私がクラスの女子を敵に回すことになった元凶でもあります」
「あれもこれも関わってたのかよ」
「要約聞いただけでヤバいって分かる人物なんてびっくりだよ」
驚きからか、ポテトを食べる手が止まった。が、またすぐに口の中へと消えていく。
「でも、肝心の内容が思い浮かばないから、詳しく聞いてもいい?」
如月は素直に首を縦に振った。
「小学生の時、星川君の工作を壊した張本人をうっかり能力を使って突き止めてしまったんです。それ以来徐々に分かりやすくなっていく好意を抱かれるようになり、それを快く思わなかった方たちが複数存在して……あとは多分、想像の通りです」
端的な説明ではあるものの、小坂は如月の能力を当然のように受け入れているから、話しやすいし理解もされやすいんじゃないだろうか。
「それは、なかなかハードな経験だったね」
「もう、慣れましたから」
如月が平然と返した言葉に、小坂は返答に困ったらしく控えめな笑いを溢した。
「でも彼は、那緒ちゃんとは違う高校に進学してたわけだよね? 何で今更戻ってきたの?」
水分補給のち、一呼吸置いて話は続く。
「中学校生活も終盤にさしかかった頃でしたか。あまりにも彼からの好意が鬱陶しかったため、私の能力について説明したんです。普通の人なら、そんなことを聞いたら真偽はどうあれ私を危険人物であると認識して忌避するでしょうから」
彼女が一瞬、こちらへと視線を動かしたような気がする。気のせいかもしれない。
「でも彼は、目を輝かせて言ったんです。ならばその能力を消す方法を見つけると。目を輝かせるなんてどうかとも思いましたが、同時にチャンスだとも思いました。私は『方法が見つかるまで姿を現さないでください』と提案をしたんです。提案を受けた彼は、そういった技術が教えてもらえるらしい場所の近くにある高校へと進学しました」
「なるほど。じゃあ彼は、那緒ちゃんの能力を完全に阻害できる力を手に入れたんだね?」
「……おそらくは。彼がこちらに近づいた瞬間に感じた静寂は、きっと普通の感覚なのでしょう」
彼は、確かに如月の能力を阻害出来るようになったらしい。彼女が求めていたものを、そんな人物が手にしていただなんて。彼女の話を聞いていくうちに嘘であってほしいと思ったのだが、そうもいかないようだ。
「彼は、他に何か言っていましたか?」
「今の話以上のことは言ってなかったはずだ」
「どうしましょう。ミカンさんの言っていた方法を、彼が知っていたら」
「それなんだけど、多分知ってると思う」
如月の顔が一気に青ざめる。
「ああでも、知ってるとは思うけど、実行するかは分からないかな。教わっていた人間によっては、もっと効率的な方法を知ってるかもしれない。彼は、どこに教えを乞いに行ってたの?」
「某県だったはずです」
「某県、某県……多分あそこかな。あんまりいい評判聞かないんだけど、レビューしてる大半がただの冷やかしなのかもしれないね」
「レビューって」
レビューサイトが存在しているのかよ。
「広く門を開いてるとね、たいした熱意もないのに力だけは身に付けたい人間が結構来るらしいよ」
なんでもないように呟かれた言葉が気にならないと言えば嘘になるが、視線が少し怖かったので気にするのをやめた。
「那緒ちゃんは、彼についてどう思ってるの?」
「重たすぎます」
飲料を口の中に含んでいたらしい小坂は、席を立ち駆けだす。すれ違いざまに見えた表情は、本当に苦しそうだった。
「一刀両断」
「そこまでされると、拒絶する自分が悪者のように思えてしまいます」
「それもそうだろうな。とりあえず話疲れただろ。飲み物でも飲んだらどうだ?」
「そうですね」
飲み物を飲んだ如月は一転、少しだけ楽しそうな表情になった。よほど好きな飲み物を飲んだのだろうかと思ったが、確か彼女が頼んでいたのは蜜柑類ではなく緑茶だ。もしかすると、緑茶も好きなのだろうか。いや、さっきも飲んでいたけれど反応は薄かったはずだ。じゃあどうして。
「北斗さんは、彼についてどう思います?」
「どうって、ずいぶんと一途で厄介だとは思う」
「なるほど、なるほど」
嫌な予感がする。
「じゃあ、星川くんが私に抱いている感情についてはどう思いますか?」
「手をつけてない俺用に買ったポテトでも食べるか?」
笑顔のまま鋭い視線を向けてくる如月から目を逸らすことなく、ポテトを差し出す。こうやって話題を変えること自体がなんだか答えになっている気がしないでもないんだがどうなんだかと思っていると彼女は満足げにポテトを食し始めた。今の思考で良かったらしい。いや、良かったのかも分からない。なんだこれ、なんなんだよ。
「どうしたの?」
いつの間にか帰ってきたらしい小坂が、俺と如月を交互に見る。
「……俺分のポテトも2人で食べていいぞって、言ってた」
「おお! ありがとね!」
「ありがとうございます」
いたたまれずこの場から立ち去ろうと、バーガーを口に放り込む。
「なんだか楽しくなってきたよね!」
「そうですね」
楽しそうな笑い声は、こちらを見てにやけていた。
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