気が置けない

「どうなったか、聞いてもいい?」

前の席を引きずる音とともに、問いかけられる。予想通りの質問だったので、思わず鼻で笑ってしまった。

「如月から聞いたんだろ、どうせ」

「やっぱり分かっちゃうか」

弁当箱を開きながら、幹典の顔は笑っているものからゆっくりと寂しそうな表情へと変化していく。

「念のため、お前からも聞いておこうと思ってさ」

「聞く人を変えたからって、起こったことが変わるわけないだろ」

「そう言われればそうなんだけどさ。いただきます」

「……いただきます」

パチンと箸を割る音が響く。今日の幹典の昼は、コンビニ弁当らしい。

「那緒ちゃん、突然謝って来たからびっくりしたよ。俺の紹介で事態が悪化したとかなら兎も角、解決出来なかったことで気に病まなくてもいいのに」

「本当、お前には律儀だよな。如月」

「嫉妬?」

「バカ」

真剣な顔して、そういうことを言う。

「それは冗談だとしても、この時間に彼女がいないのは、やっぱり解決出来なかったことが原因なの?」

確かに、言われてみるとあんな出来事があれば気まずくなるのが普通だろう。今の時間に彼女がいないのも、顔を突きあわせるのが憚られたと思われるかもしれない。だが、彼女はもう大丈夫ですと一言宣言すると、吹っ切れた顔をして教室を出て行ったのだ。手には『KEEP OUT』のテープを握って。あれで裏があれば、いつの間に巧みなポーカーフェイスを身に付けたのか教えて欲しいくらいだ。

「別に」

それに、今までにも色々あったしな。もちろんそれを言うと面倒臭くなるのが目に見えて分かるので、首を横に振るだけに済ませる。

「なんとも」

「その意味深な間の置き方なに?」

「そんな心配をするなら、他の人間を見つけて来てくれるか?」

「あのなぁ。特殊な知り合いって、本当にいないんだって」

ある意味特殊って人間ならいっぱいいるけど、と視線がこちらへと向けられる。

「お前に言われたくない」

「お前は、那緒ちゃん限定で特殊な人間だもんな」

「言い方がよろしくない」

その流れでの特殊扱いは非常にまずい。ここが騒がしい教室で良かった。知らない人が聞いたら、誤解を招いていただろう。いや、もう誤解されているようなものかもしれないけど。

「きっと那緒ちゃんも、お前のことは分かってると思うよ」

「この流れでそれを言うのかよ!?」

「人との会話はシミュレーション通りにはいかないから仕方ないな!」

「お前がそれを言うか」

「だから、そんな顔しなくても大丈夫だって」

そんな顔って、どんな顔だよ。言い返そうとした俺の目に映ったのは、幹典の目の中で寂しそうにしている俺だった。

「……大丈夫か、これ?」

「うん、大丈夫」

「そうか」

「そうそう。だから、お昼は食べよう」

言われて気が付く。いつの間にか、箸が止まっていた。

「そうだな」

大丈夫だと、脳内で繰り返す。俺は箸を握り直して、残りのご飯をかき込んだ。

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