お願いの日

数日後。如月は願った。人の思考が読めなくなりたいと。彼女は決意した。俺の友だちに、自らの言葉で話をすると。既に彼を呼び、退路を断ったという。分かったとだけ告げ、彼女と共に彼を待った。場所は放課後の公園。話す内容が内容だからと彼女が思い、そうしたらしい。やがてやってきた幹典は、彼女の雰囲気に驚いているようだった。それもそうだ。今の如月は、決闘にでも挑むかのように荒々しく、反面死に際のねこのようにどこかへ消えていってしまいそうな儚さを兼ね備えている。幹典は遅れてごめんと声をかけると、彼女の前へ立った。

「大丈夫です。それよりも、少し長くなるかもしれません。お時間は大丈夫ですか?」

「うん。問題ないよ」

「そうですか、分かりました」

一呼吸。

「幹典」

如月那緒の口から発されているとは思えないほどの弱々しい声に、思わず耳を疑った。

「お話と、お願いがあります」

スカートを握る彼女の手が震えているように見えるのは気のせいだろうか。彼の思考を遮断しないように、しかし見守っていてほしいという彼女の要望に沿い、少し離れているので視覚に自信が持てない。どうしたのと、幹典が問いかける。ふと視線が重なったので、どうか聞いてほしいという意思を込めて頷いた。それが伝わったのかは不明だが、彼は如月に向き直って次の言葉を待ってくれる。彼女は長らくの間を置いた後、深呼吸をして落ち着きを取り戻した。

「私には、人の考えていることが分かります」

彼は優しく微笑みを返す。

「幹典は今この話を聞いて『知ってる』と思っていますね? すごいですね、知っている。疑いもしないだなんて」

「そんな悲しい顔でされるのが冗談だったら、俺は那緒ちゃんのことちょっと怖くなるかも」

幹典の言葉に、如月の雰囲気が一気に和らいだ。小さく笑い声も聞こえる。

「それもそうですね」

「俺の考えていることが知られているだなんて、ちょっと恥ずかしいな」

「幹典の考えていることは、とても面白いですよ」

「そう。それなら良かったよ」

「私は、北斗さんと出会うことで静寂を知りました。彼が近くにいれば、彼以外の思考が読めなくなったんです」

「一緒にいる機会が増えたのは、そういうことだったんだね」

如月が頷いた。幹典の理解力が高すぎる。それでいいのかと、会話に参加していない俺が不安になるくらいだ。いや、彼は本当に全部分かっていた可能性もある。それを、如月も思考を読んで気づいたのかもしれない。水面下でのやりとりを推測しているうちに、会話は続いていく。

「話はわかったよ。それで、お願いっていうのは?」

「私は、遂に思ってしまいました。誰の思考も読まない、普通の人生を送りたいと。ですからお聞きします。超能力について詳しい方を、ご存じではありませんか?」

立てられる、右手の人差し指。

「1人だけ、知ってる」

彼は鞄を開き、1枚の写真をクリアファイルから取り出した。気になり、俺も距離を縮めて写真を見る。

「これは……?」

「1学期に撮った俺のクラスの集合写真。彼女が、そういうのに得意らしい」

彼が指さしたのは、楽しげなクラス写真の中でも、一際笑顔の輝いて見える女子生徒。こんなに近場にいただなんて。いつかも思った気がするが、あまりにも彼女を中心に世界は回っている気がしてならない。

「彼女、どこかで見たことがあります」

都合が良すぎる。そう思ったが、確かに見たことがあるような顔だ。

「言われてみると、そんな気がしてくる」

「まあ同級生だし、すれ違いはするんじゃないかな」

「私は日々すれ違う人の顔、はあまり覚えていません。顔を覚えていると言うことは、近くで見てなんらかの会話をしたと思うのですが……」

幹典に許可をもらい、写真を手にとってまじまじと見つめる。髪型、顔、制服の状態、ピースサインをしている手。

「あっ」

やがて、1つの結論に達した。

「思い出しましたか?」

確信を持って頷く。

「アルベドの人だ」

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