冗談の日

文化祭が終わり、教室から聞こえてくる話題に『修学旅行』という単語が混ざるようになった。どこに行きたいとか、誰と一緒に自由行動したいとか、なにを買いたい、だとか。そんな話だ。

修学旅行。2年生の2学期、いや、3年間の学校生活の中でも最大の行事といっていいだろう。4泊5日にも及ぶ長期間を、同級生たちと一緒に過ごすのだ。しかも、大都市の片隅で。

「楽しみですか?」

「そこそこ」

「私は憂鬱です」

「なんで?」

彼女のことだから、てっきり楽しみにしているとばかり思っていた。

「団体行動が得意ではないので」

「あー……」

浮かんでくるのは、中・小学校の修学旅行での光景。自由行動や研修先はまだいいが、問題はホテルでの過ごし方だ。多人数だと渋々といった様子で仲間内に入るよう勧められるし、かといって2人なんかになると永遠の沈黙が訪れる。沈黙自体は構わないのだが、それが普段は干渉されない入浴や睡眠なのだから気分は良くない。彼女は、こちらの意見に大きく頷いている。

「確かに」

あの気まずさを考えると、自分も憂鬱になってきた。

「どうせ行くなら、1人旅の方がまだマシです」

「1人旅は1人旅で大変だろうに」

「それでも、人と寝起きを共にするよりはずっとずっとずっといいです」

段々と力の入っていくずっとには、嫌で嫌で仕方がないという思いがこれでもかというくらい込められていた。

「行きたくないです」

ため息とともに吐き出された最後のひと押し。机に突っ伏した彼女の髪の毛は、夕日に照らされてキラキラと光っている。こんなにも彼女を憂鬱にさせるなんて。

「じゃあ、行かないようにしようか?」

半分くらいは冗談だ。いや、俺のような親に金を出していただいている人間が言えるようなことじゃない。全部冗談だ。

「冗談だ」

声がうわずる。なんだか恥ずかしくなって、俺も机に突っ伏してしまった。見えるのは影と、腕の隙間から入る光。彼女の堪えたような笑い声が、微かに聞こえる。俺の必死に否定する様が、滑稽に見えたのかもしれない。

「北斗さんは、行ってきてください」

「なんで」

「お土産は欲しいです」

買ってきてもらえると思っているのか。光を睨みつけながら問うと、はいと元気の良い返事が返ってくる。

「……一応聞いておくけど、なにが欲しいんだよ」

「かわいいもの」

「は?」

「かわいいものが、ほしいです」

「かわいいものを、俺に選べと」

「はい。かわいいものを、かわいいお店で見繕ってきてください」

「その時は絶対にお前も連れて行くからな」

「選ばせてくれるんですか? 私、遠慮しませんよ?」

「今この瞬間もだろ」

「そうですね」

上げた視線で捉えたのは、意地悪そうに笑う如月那緒だ。

「修学旅行、ちょっと楽しみになって来ました」

「そりゃあなによりで」

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