祈りの日

あの如月那緒が告白されている現場を見てしまった。お相手は、人が良いと評判の風紀委員長だ。3年生の先輩。俺だって名前を聞いたことがあるし、朝の挨拶運動で見かける明るい笑顔をはっきりと思い出せる。文化祭は人と人とを繋ぎ合わせる行事とはいうが、そこが繋がるなんて想像もしていなかった。瞬時に体が動き、その場から離れる。ある程度遠くにある自販機前の椅子に座って肩で息をしながら、はて、自分はどうしてこんなにも罪悪感を抱いているのだろうと自問する。いや、これが罪悪感なのかどうかも怪しい。とにかく、気分が良くないことは確かだった。一目見ただけの光景が、何度も脳裏をよぎり続ける。好きだと宣言している彼の表情は見えなかったが、声から察するにひどく緊張していたようだ。対する如月は、何も表情を浮かべていなかった。興味がないのか、それとも単純に驚いているのか。一瞬だったので、判断しようがない。

彼女は、どのような返答をしたのだろうか。俺は、彼女の前でそう思ってしまうだろう。それは避けたい。だが、彼女はきっと、こういうところに現れる……。

「ご名答です。よく分かりましたね」

予想はしていたものの、本当に現れるとは思わず肩が震えた。振り返ると、如月が自販機で紙パックのジュースを買っている。

「時折、北斗さんのほうが思考を読むのに長けているのではないかと思う時があります」

現れたパッケージは苺ミルク。彼女が蜜柑以外の果物と接していることに、少しだけ感動を覚えた。

いや、注目すべきはそこではない。

「それよりも、どうしたんですか? そんなところで」

どうやら、距離の問題かなにかで読み取れなかったらしい。よし、よし。

「いや、ジュースを買いに」

「告白は断りましたよ」

読み取られていた。

「なんで」

「それは読み取れた理由ですか? それとも、断った理由?」

「……読み取れた理由」

「考えたくないことほど、無意識のうちに考えてしまう。それはもう、避けようのないことです」

彼女は俺から少し距離を取った場所に腰を下ろした。パックにストローを刺し、苺ミルクを飲む。その表情は、先ほどよりも明るい。

「見てしまったのも仕方がありません。あの場所は影になりますが、人の通りはそこそこ多いですから」

「……そうかよ」

椅子にもたれかけ、深いため息をついた。心臓はうるさいが、言いようのない気持ち悪さはなくなっている。

「北斗さん以外に見られるほうが問題ですね。彼は良い人なので、それを振った私は攻撃の対象にされてしまうかもしれません」

「ないだろ」

「どうしてそう思えるんですか?」

「あっても、俺がどうにかすればいいから」

「それは、心強いですね」

3秒ほど経ってから、彼女の顔を見て、自分が何を口走ったのか理解した。とても楽しそうなにやけ面をしている。こんなにも緩みきった顔は見たことがない。

「やっぱりやめだ。発言を撤回する」

「もう言っちゃったんですから、責任とってください」

声をあげて笑い始めた彼女を見て、絶対に何も起きませんようにと祈るしかなかった。

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