体育の祭の日
懲りずに人の進行を妨げている『DANGER』のテープを投げ捨て、階段を上がり続ける。足音でこちらへ気付いた彼女は、1つ下の踊り場まで届きそうなほどのため息を吐いた。
「また、お弁当を忘れたんですか?」
そう言う彼女の目の前に、弁当を掲げる。
「今日は忘れてない」
ただ、体育祭の熱気に満ちたままの騒がしい教室にいたくなかっただけだ。
「いいだろ、こういう時くらい」
「前回の男子高校生の例があるので、ちょっと」
「それについては、どうか忘れていただけませんか?」
「そうですね。いい加減、ネタとしても飽きてしまいました」
それは何よりだ。彼女から思考を読まれないように、距離を取って座る。今日の彼女は、弁当箱を手にしていた。
「それは、お前が作った弁当なのか?」
中には、卵焼きにウインナーなどが入っているようだ。人が食べているせいか、妙に美味しそうに見える。
「そうですよ。といっても、ほとんどが冷凍食品ですけどね」
「自分で箱の中身を詰めてるってだけでも感心する」
弁当を開けば、みっちりと詰まっている中身。これは俺ではなく、母親の手によるものだ。
「何度かやったことはあるんだが、俺が詰めたものはどうしてだか昼には満足に詰まってないんだ」
「そこは慣れ、ですね。毎日やるといいですよ」
「だよなぁ。いただきます」
如月も俺も食べることに夢中で、しばしの沈黙が続く。食べ終わって顔を上げると、ちょうど如月と目が合った。箸を箸入れに入れているので、彼女も食べ終わったところらしい。俺が手を合わせると、彼女も慌てて手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
まさか一緒に食べ終わるとは。なんとも妙な心地がする。弁当箱をリュックサックへ入れ、お茶を取り出した。
「幹典は、応援団ですか?」
「あぁ。よくやるよ、本当に。午後からの演舞では、飛び蹴りだか回し蹴りだかを披露してくれるらしい」
「わぁ、楽しみですね!」
彼女にしてはオーバーな反応に、幹典に対する期待を感じる。彼女もまた、彼の親しみやすさに惹きつけられたようだ。友人として、悪い気はしない。
「そういえば、どうして北斗さんは幹典と仲が良いんですか?」
食後の蜜柑を食べながら、口元に笑みを浮かばせている。剥き口を見つめていると、1房差し出された。1房って、おい。
「いらない」
蜜柑は、彼女の口へ吸い込まれていった。
「単純に、付き合いが長いからな」
「付き合いが長くても、クラスが変われば自然と疎遠になる関係もあります」
そういう関係もあるんだろう。というよりも、2年生になった当初、俺はてっきりそうなるだろうと思っていた。俺とは違い、クラス替えが起ころうと友人が周りにいる彼のことだ。俺といなくたって、全然問題はない。その予想は有難いことに外れ、今でも彼とは日常的に会話が出来るのは、とても嬉しいことである。
「付き合いが長い分、1番互いの話が理解出来るんだよ。だから、クラスが分かれてようが話したくなる」
すべて彼の受け売りなのだが、思っていることは大体同じなので間違ってはいない。
「それは、良いことですね」
「いや、そうでもない。2人とも分かっている前提の主語がない会話をするせいで、時々他人を入れると変な顔をされる」
あぁと、納得の声を上げられてしまった。彼女の前でも、そんな会話をしてしまったのだろうか。本人達には自覚がないのだから、本当にタチが悪い。
「あっ」
「なに?」
「集合5分前です」
「嘘だろ!」
リュックサックをひっ掴み、階段を早足で降りていく。
「午後の競技は!?」
「台風の目です!」
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