ポスターの日

図書館を間近に控えた階段で、背後から問いが投げられる。

「図書委員会は、どういった形で文化祭に参加するんですか?」

「あれ、言ってなかったか」

あまりにも自然について来るものだから、てっきり知っているのだと思っていた。

「教えてもらってません」

「それなのについて来たのかよ」

「えぇ、まぁ」

図書館の扉を開きながら振り返って見た彼女の目が、くるりと回る。きっと、教室に居たくないという思いが多少なりともあるのだ。気持ちは同じなので、彼女を馬鹿にする資格はない。

「それぞれの好きな本の紹介文を書いたポスターを校内に飾るんだ。その装飾を、今からする」

向かい合って座った俺たちの間に、ポスター用の厚紙を中心にして文房具を置く。彼女の視線は、様々な形に紙を切り抜く型へと向いた。

「使ってみてもいいですか?」

「どうぞ」

既に数回は使用されているのだろう、小さくなった折り紙を、彼女へと手渡す。パチンと小気味好い音が響き、彼女の掌には黄色い星が落ちた。

「これを使って、装飾するんですか?」

「使うことは推奨されているが、強制はされていない」

明るい顔から一転、怪訝そうな顔で見つめられる。使わないことが、不思議でたまらないとでも言いたげ表情だ。

「どうしてそんなことを言うんです?」

「俺に、それが上手く使えると思うか?」

「ならば北斗さんは、どのように装飾するつもりなんですか?」

「しない」

「はぁ?」

「紹介文を貼って、見出しっぽいのを書いて終わりだ」

「私がやります」

力強い宣言とともに、彼女はテーブルの上へと出した紹介文の紙を俺の手から奪い去った。

「本当に?」

「嫌ですか?」

既に手には鋏が握られている。ここで嫌ですと言ったところで、止めるのだろうか。いや、おそらく止める気は無いだろう。

「こちらとしては大助かりなんだが、お前は良いのか?」

「もちろん。何か気をつけた方が良いことはありますか?」

「本の紹介が大幅に隠れなければ、好きなようにしてくれ。俺にセンスはないから、悪いがすべて任せる」

「私にも決してあるとは言えませんが、善処しますね」

彼女の手で、ハートや星型に切り取られた折り紙が貼られていく。貼り方からして、とても丁寧だ。本を読むのは悪い気がして、彼女の作業工程をじっと眺める。

「不思議ですね。北斗さんは私の壊滅的な絵を見たはずなのに、こういったことを任せるなんて」

その言葉で彼女による『扉』の絵を思い出し、背中に悪寒が走った。

「……忘れてた」

どうして、あんなにも衝撃的なそれを忘れていたのだろう。

「そうだろうと思いました。まだ序盤ですし、止められますがどうしますか?」

止めたところで、出来上がるのは俺の無味乾燥なポスターだ。とてもじゃないが、人に見られることはほぼないだろう。それに、今回の彼女は自らでやると言い出したのだし、それ相応の自信があるのではないだろうか。そうに違いない。

「……ヤバそうになったら止める」

随分曖昧な判断だと思ったが、結果、俺が止めることはなかった。しばらくして出来上がったのは、決して華美ではないが見栄えの良い本の紹介ポスターだ。

「どうです?」

「とっても良い、ありがとう。俺じゃあ、こうは出来なかった」

「良かったですね」

「本当にな。ただ」

もう少し時間をかけられないか、と声に出しそうになって、やめた。本来ならば俺がするべき事を彼女にやってもらっているのだ。無責任にもほどがある。

「教室に、戻りたくないんですね」

「まぁ、そうだな」

準備期間も終盤だ。既に1度リハーサルが行われ、最終調整の段階に入っている。序盤は出来る限り小道具作成などに携わって難を逃れて来たが、俺達のような舞台に立たない人間はもはやすることがない。運良く図書委員会での準備が残っていたのを口実に、こうやって逃げて来たのだ。

「戻りたくないんなら、戻らなきゃいいんですよ」

彼女の手が、机の上に出していた俺の手に触れる。とても優しくて、ひどく穏やかな触り方だ。悪魔なんかは、こういう声を出して人を誘惑するんだろうか。

「もう少し、悪いことを言いましょうか?」

「いや、いい。早く帰ろう」

「どちらに?」

「教室に」

彼女は、ニッコリと微笑んだ。そう言うと思ってました、とでも言いたげに。

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