準備の日

「『相手の思っていることを見透かす如月那緒。それに加え、死んだように濁った目でこちらを見据える宇佐美北斗。どちらにも関わらない方がいい』、とのことです」

ため息を吐き、肩を竦める。

「賢明な判断だな」

如月の騒動など、この校舎内では些細な出来事だ。文化祭の準備は、滞り無く進んでいた。階段までも、各教室から棒読みの台詞が聞こえてくる。

「しかし、関わらない方が良いと判断した相手に買い出しを申し出るとは。おかしな話ではありませんか?」

1年生教室前の廊下に出ると、段ボールの山が築かれていた。登下校の際に必ず目にするため分かってはいたものの、周囲の喧騒もあり文化祭らしさをより際立てている。

「買い出しは言われた通りの物を買ってくればいいし、何より俺たちを教室から遠ざけることが可能だ。尤も効率良く『クラス全員で協力した文化祭』が演出出来るだろ」

彼女が足を止めた。数歩進んだ先で同じく止まって振り返ると、ぼんやりとこちらを見ている。

「なんだよ」

「そんなにも捻くれた答えを返されるなんて思いもしませんでした」

「ついでに、予算を悪用しないだろうと判断された2人でもある」

鼻で笑われた。だってそうだろう。予想、あるいは妄想にしか過ぎないとはいえ、事実と言っていいはずだ。

「見ろよ、この紙」

クラスの中心的人物である女子生徒に渡された紙を差し出す。彼女は受け取りを拒否すると、再び足を進めた。後を追いかける。2度も見る必要はない、もしくは現地に着いてから見ればいいと判断したようだ。それが利口なのだろうが、可笑しくて何度も見てしまう。

「ご丁寧に、正式な商品名、型番まで書いてくれてる。ここまで分かってるなら、通販でも使えばいいのに」

「店舗に置いてあるとも限りませんからね」

「無い場合は、これに連絡しろってさ。どっちがする?」

「その紙を受け取っているのは北斗さんです」

「だと思った」

靴箱から靴を取り出し、外へ出た。自転車置き場へ行き、幹典の自転車を探す。如月は、同じクラスの女子生徒から借りたらしい。数が多いうえ遠目に見ればほぼ同一の自転車の中から探し当てるのに、少々時間を要した。鍵の一致するものを見つけ、ホームセンターへと急ぐ。

久しぶりに漕いだ自転車で感じる風は、非常に心地が良い。2人とも無言で漕ぎ続け、目的地へと着いた。

「この時間、しかも制服で店に入るとドキドキしないか?」

「動悸ですか? 循環器内科をお勧めします」

「やけにリアルな推奨の仕方だな」

話題を振ったのは自らだが、真面目に返されると面白くない。

「とりあえず店内を歩いて、適宜探していこう」

「はい」

近場にある同系統の店の中でも大型に分類されるだけあって、広い店内に豊富な種類の製品が置かれている。軽い足取りの如月にもしやと思ったのだが、彼女は楽しそうに自らが興味を持つ商品を探し始めた。

「この椅子、ちょっと座ってみていいですか?」

「プライベートで来た時にしろ」

彼女の方を向けば、なんとも名状しがたい形をした、見た目からは座り心地の想像出来ない椅子が目に入る。

「……ちょっと気になるな」

「でしょう!? これはもう、座ってみなければ!」

「言いながら座ってんじゃねぇよ。俺にも座らせろ」

そんなやり取りを複数回繰り返し、店内を1周した。時間なのか曜日なのか、人影は少なかったので迷惑にはなっていないだろう。そうだと思いたい。

3つほど見つけられないものがあったので店員に尋ねると、どれも取り扱っていないと言われた。類似品をいくつか勧められたので、それらを考慮して電話をかける。数コールの後に出た彼女は、代替品は購入せずに戻ってくるように告げた。了解の意思を伝え、通話を切る。会計を済ませ、領収書を受け取る。荷物をそれぞれのカゴに振り分け、自転車で復路を走る。

残りの物は、通販で購入されるのだろうか。まあそうだろう。その方が楽だ。別の店舗で購入することも考えたが、余計なことだろうと思ってやめた。来る時よりも、風が冷たくなっている。まったく、やけに眩しい夕日だな。

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