盾の日

「どうしていつもいつも、気がついたら目の前にいるの!? 目障りなのよ!!」

怒声とともに、激しい音が鳴り響く。面倒なことが起きているなと思い、帰ろうとした俺の前に現れる幹典。

「那緒ちゃんが女の子に絡まれてる。助けられるのは、お前しかいない」

詰まることなく滑らかに告げられるとそのまま引きずられ、事が起きた教室の前まで連れてこられた。扉の向こうでは、如月が倒されている。背中を見せている女子生徒が倒したのだろうか。彼女は肩を揺らすほどの全身全霊で、如月へと酷い言葉を浴びせている。周りは、こちらに止めさせろと言った視線を送っているだけ。酷い連中だな、まったく。事の発端である彼女らは、こちらに気付いていない。

如月は、いつもの無表情を浮かべていた。

いや、違う。あれは、目の前の人間に切なさを感じている目だ。いつか見た。図書委員会で、如月が過去を語った時、自身に危害を加えた人物のことを思い返す目だ。あの時は嫉妬が原因でその目をしたらしいが、今回はやはり、恋のキューピッド紛いのことをしていたせいだろうか。考えても分からないのだが、飛び出すタイミングが掴めず思考を現実逃避させてしまう。

「なんとか言いなさいよ!」

そう言って如月の首元へ掴みかかろうとした彼女に向けて、俺は声を発した。

「やめろ」

彼女が振り向く。どこかで見た事のある顔だった。しかし、誰だったかは思い出せない。彼女が呆気に取られている内に、俺は如月と彼女の間へと割って入った。

「事情はよく分からないけれど、俺が謝罪する。何も暴力に訴えることはないだろう」

「彼氏でもない男は引っ込んでなさいよ!」

どうして今、彼氏だ彼女だなんていう話を持ち出してくるんだ。

「友達が暴力を振るわれてる。同級生が暴力を振るっている。それを止めたいだけだ」

事実だとしても、言葉にするとむず痒くなる台詞だ。同級生、という言葉に彼女は顔をしかめた。

「あなたたち、恋人じゃないんでしょ!? なのにどうして! どうしてその女を庇うのよ!!」

その言葉は徐々に掠れ、最後には嗚咽となった。膝から崩れ落ちた彼女は、心配して周りに集った友人らを振り払う。

「友達だからって理由じゃ、不服なのか?」

「当たり前じゃない! その言い方なら多分覚えていないんだろうけど、私は佐藤由奈!」

通りで、見覚えのある顔だと思った。俺が来たのは、逆効果だったということか。しかし、今更気付いても遅い。彼女は、涙で顔を濡らしながらも言葉を吐き出すのをやめない。

「あなたに好意を抱いていながらも、その思いを受け取られることはなかった! そこの女は、恋人じゃないのにベッタリ! 私じゃ何がいけないの!? ハッキリ答えてよ!!!」

彼女は、本気でこんなことをしているんだろうか? 抱く感情は、哀れみ。

「俺は、人に暴力を振るう人間は嫌いだ。今この瞬間、貴方ではいけない理由が確定した」

シン、とその場が静まり返った。彼女がすすり泣く音すら止んでいる。ここまでハッキリと答えられるとは思っていなかったんだろう。

「……立てるか?」

無音に耐えられなくなった俺は、如月へと手を伸ばす。彼女が立ち上がったのを見届けて、佐藤由奈へも手を伸ばすが弾かれた。彼女は、1人で立ち上がる。

「誰か、先生を呼びましたか?」

複数人がハッとした。幹典ですら、やらかしてしまったという表情を浮かべている。嘘だろ。本来ならば、俺より先に呼ぶべきだろうに。

「呼んでないなら結構です。由奈さん、机を片付けましょう。私たちが遊んでいたせいで、綺麗に並んでいたのが台無しです」

毅然としている如月の姿に、佐藤由奈は再び声を上げて泣き始めた。今度は、きちんと友人らに介抱されている。とはいえ、見ていられない。俺も如月を手伝い、机を元の位置へと戻した。



「俺たち、少し離れた方が」

「今回の件に関して責任を感じているのでしたら、隣にいてください。盾として、私を守ってください」

「はぁ」

「嫌なら、別にいいんですけどね?」

断れるわけがないのを分かって言っているんだから、彼女は悪い女だ。

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