友人の日

放課後の教室には、彼女と俺だけが残っている。この時間まで誰かが付き纏っているのではないかと予想していたが、そんなことはなかった。人の思考は読んでもらいたいが、自分の考えまでは読まれたくないんだろう。好都合であるとはいえ、気に食わない。

「北斗さん」

彼女はいつも通り、俺に近い席に座ろうと立ち上がった。それに合わせて、自らも立ち上がる。

「そこから動くな」

彼女の目が一瞬、大きく開かれた。

「……脅迫か何かですか?」

俺は、首を横に振る。

「お願いだ。聞きたい事があるんだが、今はお前に思考を読まれながらの会話をしたくない」

もちろんお願いだから、強制は出来ない。承諾してくれと願いながら、彼女の目を見つめる。暫しの沈黙を経て、彼女は頷いた。

「分かりました。それで、聞きたい事とは一体?」

「単刀直入に聞こう。今受けている依頼を、取りやめる気はないか?」

「どうしてですか?」

無表情のまま、首を傾げる。

「俺には、今の現状の如月が利用されているとしか思えない。色恋沙汰は危険だ。何が起きるか分からないからな」

人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、という有名な言葉だってあるくらいだ。大ごとにならない内に、手を引いた方がいい。

「もちろん、その状況に持っていってしまったのは俺だ。謝る。ごめんなさい」

彼女が顔を上げてくださいと言うまで、頭を下げた。顔を上げて、言葉を続ける。

「何かあれば、俺を盾にしてくれていい。だから」

「分かりました」

「分かってくれるなら嬉しい……え、分かった?」

「えぇ、分かりました」

予想外の返事。てっきり、いくらかは粘らなければならないと思っていただけに、了承を得られると拍子抜けしてしまう。

「私は、この依頼を北斗さんのためだと思って引き受けました」

「はぁ」

それは、最初に受けてきたのが俺だから、ということだろうか。

「しかし、北斗さんのためじゃなかったのなら話は別です。連絡先を貰った方々に、丁重な謝罪とお断りの意思をお伝えしておきますね」

そう言ってスマートフォンを取り出すと、タッチパネルを軽快に叩き始めた。女子高校生らしい場面を、呆然と眺める。やがて連絡が終わったのか、スマートフォンを鞄へと滑らせた。見えなくなったのを見届けてから、ゆっくりと口を開く。

「随分と、素直だな」

「人の思考を読むだけでは分からないことの方が遥かに多いので、私も望んでしたい事ではありませんでした」

確かに以前の依頼を受けた時、そんな事を言っていた。にも関わらず、やろうとしていた。その理由が、俺?

「俺のためというより、俺のせいだな」

分かっていたものの、彼女の様子を見て更に罪悪感が強くなる。

「いいんですよ。受けたのは私ですから、責任を取るのも私です。しかし、難しいですね。友人のために何かをするっていうのは」

困ったように笑う彼女は、ふと思いついたように目を輝かせた。

「ところで」

「どうした?」

「そろそろ、隣に座ってもよろしいですか?」

1度許可を挟むだけで、鼓動が速くなるのが分かる。どうして、隣に座るだけで目を輝かせるんだ。もちろん、分かっている。俺といれば、他人の思考が流れてこないからだ。

だが、今はどうだろう?

「友人だからですよ」

「友人だから、ですか」

「はい。……あぁ、話したいことがあったんです! 購買には、蜜柑のタルトがあるらしいんですよ!」

「それは良かったな」

本当に、良かった。

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