近くない席の日
久しぶりの学校、制服、登校。久しぶりという実感が薄いのは、夏休み中に登校する日数が多かったせいもあるだろう。しかし、なんにせよ区切りだ。
2学期の始まりである。
憂鬱な気分を隠すことなく自らの教室へと足を進め、扉を開いた。
「お願い! 如月さん!」
「はぁ?」
自らの名前でもないというのに反応してしまう。視界に入るのは、如月の背。その周りには数名の女子生徒がおり、彼女らと目が合う。俺は即座に目を逸らし、自分の席へと向かった。脳内では疑問符が散っている。どうして、如月の周りに人が? なんらかの理由で、厄介な役目を押し付けられているのだろうか。いや、如月は嫌なことはハッキリと断る人間だ、と思う。それに、女子生徒のお願いする声からは必死さが滲み出ていた。如月にしか頼めないのだ、受けてください。そう、まるで縋るような声。
「いいですよ。連絡先を教えてくれますか? あぁ、もちろん、この依頼が終わったら消去するので安心してください」
「ありがとうございます!」
あろうことか、如月はその頼みを引き受け、連絡先を交換することを要求した。前回は俺を通していたが、通さなくてもいいということだ。いや、まあ、相手が女子生徒な分、その方が良いのだろうが。
「俺も! お願いします!」
それを皮切りに、きゃあきゃあと生徒らが騒ぎ始める。どうやら、男子生徒もいたらしい。
「そうですね。お受けするのは、1度に3人まででよろしいですか? どうしてもと言う方は、連絡先だけ置いていってください。手が空き次第、声をかけていきますので」
手馴れた様子で、連絡先を交換した。そのまま、それぞれの教室や席へと帰したのだろう。担任が来る頃には、いつもの凜とした1人の如月がそこにはいた。
どういうつもりなんだ、一体。
ここからは、俺の思考は届かない。俺に、彼女の思考は読めない。
○
「例の後輩くんが、部室でボロボロと喋ったらしいね。それが、夏休みを経て徐々に広まっていった」
「その結果がこれか?」
「そーいうこと」
幹典はこちらをチラリと見て、肩を竦めた。それくらい険しい表情と声になってしまっているんだろう。食欲が湧かず、一向に弁当が減らない。理由は分かっている。如月だ。しかし、如月の何に対してこんなにも感情を揺さぶられているのかは分からない。姿の見えない今も、彼女のことばかり考えている。
「なんだよ、独占欲か?」
「違う。それはない。断じてない」
俺は、如月の恋人ではない。一介の友達と言えるかだって怪しいのだ。独占欲だなんて、馬鹿馬鹿しい。
「説得力に欠ける」
そう言われることは予想していた。朝から、クラス中の人間の俺を見る目が生暖かい。まるで、俺が用済みみたいじゃないか。そんなはずはないどころか、別にそういう関係でもないというのに。
「なんて言えば、嘘だと信じてくれるんだ……」
「ごめんって。分かったから、その目やめて」
幹典はご丁寧に鏡を差し出してどんな目になっているかを教えてくれた。泥で出来たように濁った目が、鏡に映っている。どうやってやっているか分からないから、変えようもない。俺は、諦めて弁当の蓋を閉じた。
「弁当食べれないなら、俺がおまけで付けてきたゼリー食べる?」
一口サイズのゼリーだったが、単語だけで如月がゼリーを食べる光景が脳裏をよぎる。重症であることを悟りつつ、首を横に振った。そんな俺を気遣ってか、ゼリーを鞄へと入れてごちそうさまを宣言する。
机へと肘をつき、彼は言った。
「彼女は、本当に人の思考が読めたんだね」
否定も肯定も出来ない。
「こうも広まっちゃうと、恋バナのときに那緒ちゃんを見かけるだけで怯える人も増えるんじゃない? プライバシーもあったもんじゃないでしょ」
「……プライバシー?」
そんなことを彼女に求めるのは間違っている。彼女だって、出来れば何も聞きたくないだろうし、知りたくもないだろう。でなければ、あんなにも俺に付きまとうはずがない。それに、小学生の時も、慕う人を振り払って1人になったくらいだ。
だというのに、どうして彼女は。
「どうして彼女は、あんなことをしているんだと思う?」
「さぁ? 親しいお前に分からないことが、俺に分かるはずもない」
「じゃあ、質問を変えよう。どうして他の人間たちは、今まで忌避していた人間に、あんなにも容易に近づいているんだ?」
「自分に利益をもたらすかもしれないと知ったから」
俺のせいじゃないか。思わず顔を覆った。
「お前が不機嫌なのは、多分そっちだろうな」
そうだな。こんなんじゃ、独占欲と言われても否定のしようがない。
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