考えたくはない
そこまでを話し終えた時、ちょうど幹典はコーラを飲み終えた。ドリンクバーへ行き、2杯目のコーラを手に戻ってくる。テーブルへグラスを置く手つきが荒々しい。
「それで?」
声も、非常に不快そうだ。
「その後、水ヨーヨーをめちゃくちゃ抱えた矢野一果に会って、如月がいくつか譲り受けた」
「そういうことを聞きたいんじゃないよ」
まぁ、そうだろうとは思った。それしか印象に残っていないので、他に話せるようなことがない。
「花火は?」
「綺麗だった。でも、わざわざ暑い中出かけて見るものでもなかったと思う」
幹典は、深くて長いため息を吐いた。完全に呆れてしまったらしい。よくそんなに長く息を吐けるなと、思わず感心してしまう。彼は一気にコーラを飲み干すと、また次を注ぎに行った。
「俺が原稿と課題に追われている間に、お前はそんな青春を謳歌してたの?」
「青春を、謳歌?」
青春という単語は分かる。謳歌という単語も、まあ理解出来る。しかし、それらが合わさって自分の身を説明されているとなると、まったくもって意味が分からない。
「自覚がない?」
「ない」
「そうだろうと思ったよ。学校でも、ほぼずっと那緒ちゃんといるし? 一緒にいることを、不自然とも思ってないみたいだし?」
まるで呪詛のような言葉でまくしたてられる。一緒にいることは否定しないが、ある程度不自然であるとは思っている。自分は、どうして彼女から離れないのかと。そんなこと、分かりたくもないし考えたくもない。
「向こうが」
「はいはい、分かってます! この怒りにもはや行き場はない!」
「何に対する怒りだ」
「そういうとこだよ! つーわけで、今回の会計はお前持ちな!」
「いや、どういうわけだよ」
聞く耳を持たない彼は、そう言って再びメニュー表を開いた。
「お前」
「すみませーん!」
店員を呼び、フライドポテトとなんこつ、それに苺パフェを頼む。どうせならばと、自らもチーズケーキを頼んだ。やがて運ばれてきたパフェをつついているうちに、彼も落ち着いたらしい。表情が随分と柔らかくなった。
「で、もうすぐ夏休みも終わりますが」
あっさりと先ほどまでの恨みがましい表情を捨てた彼は、そう改める。突然の変わりように、反応に一呼吸遅れてしまった。
「……そうだな」
「一回くらい勝てたの?」
それはきっと、最初に話した水泳競争のことを指しているのだろう。
「3回ほど再戦する機会があったんだが、一勝も出来なかった」
あの後こっそり1人で何日か練習したにも関わらず、だ。ギリギリのところでいつも、彼女に先を越されてしまう。
「那緒ちゃん、とんでもなく強いね」
「あぁ。出来れば、今年中に勝ちたい」
調べたら、あの市民プールは冬場でも泳ぐことが出来るらしい。夏中には無理だったが、年内となれば希望もまだあるだろう。
「……俺は、お前に闘志があったことに驚いたよ」
「それもそうだな」
その点は確かに、青春しているように思えた。
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