依頼の日
「お前の能力を信じた後輩が、好きな人の考えを読んでほしいと頼んで来た」
「どういうことです?」
「目的は、自らに対する好意の確認。まあ、アレだ。出来る限り告白の失敗を避けようとしてるんだろうな」
夏休みが目前に控えているこの時期に告白。見事成功させ、恋人と刺激的な夏を過ごそう! という魂胆が、手に取るように分かる。この夏のために、入学後に普段の生活を始め、合宿やクラスマッチといった学校行事で親交を深めていったに違いない。
「はぁ」
彼女は、訝しげな表情を浮かべている。俺だって馬鹿馬鹿しいと思っているのだが、とりあえず本人には伝えると約束してしまったのだ。約束は守らせてくれ。
「協力するならするで、それについての案を考えよう。しないならしないでいい。今すぐ断るから」
「一応聞いておきます。その後輩は、北斗さんのお知り合いなんですか?」
「まさか」
同級生にも知り合いが少ないっていうのに、後輩に知り合いがいるわけがないだろ。
「悲しいことを平然と言いますね」
「事実だからな」
真実を伝えるだけなのに、悲しいだなんて言っていられない。
「俺個人としては、相手からの好意次第で告白するかしないかを決めるのは卑怯だと思う。だから」
「北斗さんは、ギャルゲーをしますよね?」
彼女は答えを遮り、微妙に答えづらい問いを投げてきた。彼女がいつの間にかちょっと明るい表情をしているのと対照的に、俺は苦い顔になっているだろう。
「まあ、そこそこ」
「お目当ての子の好感度ゲージが溜まっていないのに、告白しますか?」
あぁ、そういうことか。
「しないけど」
「現実には、好感度ゲージなんて存在しません。もちろん選択肢も無ければ、何を選べば人が喜ぶかも、はっきりしていません。彼は、それが不安なんですよ」
言いたいことは分かる。だが、俺にはそんな風に思えない。
「それでいいのかよ」
ここは現実だ。好感度ゲージも見えないし、正しい選択肢も固定されたルートもない。分かりきったことじゃないか。
「恋の苦しみは、恋をした人間にしか分からないと言います。私たちのような日陰者に、なんであれ告白しようと決めた彼をどうこう言う権利はありません」
ここまで彼女が言うとは思わなかった。俺はそれ以上反論する気になれず、彼女から目を逸らした。
「……納得出来ねえ」
「まあ、学生の恋愛ですから。生暖かい目で見るのが一番ですよ」
「どこ目線だよ」
人の恋路がどうなるか楽しんでいるというよりも、からかっているような口調だ。多分、こっちが彼女の本心なんだろう。要するに、依頼に興味があるのだ。
「っていうか、その調子だともしかして受ける気か?」
「えぇ、お受けいたします」
「本気かよ」
「本気です」
ちらりと見れば、得意げな顔で頷いている。ほどほどに乗り気らしい。まぁ、依頼してきた彼にとっては良いことか。
これ以上意地を張るべきではないと判断し、大人しく彼女と向き合う。彼女は、それが正しいのですとでも言いたげに口元を緩ませた。
「では、その依頼の消化方法を決めましょう」
「分かった」
消化方法という言い方が、なんとも彼女らしい。
「なにか、彼からの指定はありましたか?」
「いや、なにも言われてない」
「彼と、彼に好意を抱かれている人との関係は?」
「仲の良い友人だと、彼は言っていた」
「そうですか。ではこうしましょう。彼らが話している最中に、私が思考を読む」
「単純だな」
「そう思うでしょう?」
そう思うでしょう?
「じゃないよ」
思わず脳内で繰り返してしまった俺に対し、あからさまに深いため息が返される。分かってないですね。視線が訴えてくるが、分かるわけがない。
「なんだよ、単純じゃないのか?」
「こういうのは、少々厄介なんですよ」
「どうして。あ、距離の問題か?」
「それもありますけど。私の能力について、説明が難しいために教えていなかったことがあります」
彼女は腕を組み、どうやって説明しようか考えているらしい。まだ新情報が残っていたのか。
「本当に、説明が難しかったからだけか?」
「何を疑っているんです?」
「いや、なにも」
しばらく思考した後、彼女は重たげな口を開いた。
「例えば……そうです、依頼をされた方の名前をお聞きしてません」
「あ、悪い。彼の名前は相沢康太。ついでに、彼が想いを寄せているのは田所みずき。どちらも1年生だ」
「分かりました。それでは、話を続けます」
「どうぞ」
「例えば、田所さんが相沢さんを前にすると好意を隠せない方でしたら、そのままの思考をいい感じに編集してお伝えするだけでいいですよね」
「いい感じに編集な」
「えぇ、いい感じに。ですが、もしも好意を隠している、もしくは好意を抱いていないのだとすると、それを引き出す必要があります。『好きな人いる?』『俺のことどう思ってる?』。……まぁ、こんなところですかね」
「それを、いつも通り読み取ればいいだけの話じゃないのか?」
「自ら考えて生じる思考と違い、会話や質問によるものは、返しを思考していないことがあります」
「はぁ……」
つまり、どういうことだ? 彼女は、黙ってこちらを見据えている。偶には考えてみてください。そんな圧を感じる。
返しを思考しない返答か。
「……突発的に言葉が口から出る、もしくは、真面目に受け取らず受け流すなんかだと、思考と言葉がうまく噛み合わないかもしれないな」
「そういうことです。『もう、アンタいつまでテレビ見てるの! 早く課題やりなさい!』『分かってるってばー!』なんかだと分かりやすかったですか?」
どうして、人が突っ込まなかった誰に似せているのかも分からない物真似をもう一度挿入してくるんだ。笑おうにも笑えないだろう。
「これで理解しましたね? 先に進めます」
「はい」
「思考を読めなかった場合、私は依頼を失敗します。私にとっては些細なことですが、彼の方はそうもいきません。もしも逆上されてしまった時には、助けてくださいね?」
「俺も行くのかよ」
「依頼を受けたのは北斗さんでしょう? 当然です」
断言されてしまった。
いや、いい。
「それで?」
ここまで来ればやけだ。俺はスマートフォンを手に、先ほど渡された彼の連絡先へメッセージを送る画面を開く。
「いつ、どこで話を聞くんだ?」
「明日の放課後、図書館で。早く終わらせてしまいましょう」
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