焼肉の日

『おはようございます』

目を覚まし、スマートフォンで時刻を確認しようとしたところ、そんなメッセージが届いていた。つい先ほど送られてきたようだ。こんな風に挨拶を交わすメッセージのやり取りをしていた記憶がない。ゆっくり覚醒していく思考と視界でよく見てみると、送り主は如月だった。今後の課題やテストで、分からないことでもあったのだろうか。いや、彼女は毎回学校で確認をしている。ちょうど昨日、彼女に便乗して、今後1週間の予定を確認したばかりだ。となると、なんらかの用事だろうか。彼女からの用事とは、一体何を言いだされるのだろう。

『おはよう。どうした』

簡素ななメッセージを送り、起床するためにもスマートフォンを置こうとした。しかし、もう1つ通知が入っていることに気が付く。

『本日は、如月那緒さんのお誕生日です!おめでとうございます!!』

「な」

一気に目が覚めた。変な汗が流れてきたが、蒸し暑さのせいじゃないことが分かる。俺は一体、何を求められていると言うんだ。



四方八方から、肉を焼く音がする。肉が焼けている匂いがする。ソースのような匂いもするし、バターらしき匂いもする。美味しそうな匂いがあちらこちらから漂ってくるが、今はそれどころではない。肉を焼く網を見つめながら、これで良かったのだろうかと自問自答する。いや、彼女の表情を察するに、そこまで良くなかったらしい。

「北斗さん」

「はい」

声が裏返ってしまった。

「……はい」

「あの、これは?」

「誕生日プレゼント」

「どうして、焼肉なんですか?」

「寿司の方が良かったか?」

「いや、そういうわけじゃなくて」

「『おはようございます』じゃないよ。祝って欲しいなら、今日は私の誕生日なんですって、素直に言え」

「祝って欲しかったのは事実ですが、ここまでされるとは思いもしませんでした」

「じゃあ、なんで来たんだよ」

「呼んだのも、ここまで連れて来たのも北斗さんです」

「そうでしたね」

彼女の予定が空いていなかった場合はどうしていたか分からないが、運良く空いていたらしい。いや、彼女にとっては運悪く、かもしれないが。

「私としては購買のパン、もしくは蜜柑のゼリーやグミ……いえ、表面上祝っていただければ幸いだと思っていたのに」

「生憎、普通の誕生日プレゼントが分からないんだよ」

小物だとか菓子だとか、色々頭には思い浮かんだ。しかし、誕生日プレゼントとして相応しいかと言われるとどれもピンと来なかった。

「それで、唯一の友人と互いの誕生日に来るここに来てしまったわけだ」

「私の好みに、蜜柑がありますけど?」

「蜜柑さえ与えておけば黙ると思われてるなんて心外だ、なんて解釈されたら嫌だし」

「卑屈ですね」

「そうだよ。だが、肉が嫌いだったら、お前が望むところに行くか、欲しいものを言ってくれ」

「私は、お肉が好きです」

「じゃあ」

「ですが、いざ誰かと付き合った時にこんなことをしてみてください。確実に幻滅されます」

「分かった。もういいだろ? 俺が肉を焼く。お前は食べる。以上だ」

これ以上何かを言われると気恥ずかしさで死んでしまいそうだと思い、そう宣言する。彼女はしばらく難しい顔をしていたが、やがていつもの顔に戻った。

「分かりました」

程なくして上がった顔を見据え、俺は出来る限り笑ってみせる。

「誕生日、おめでとう」

「ありがとうございます」

はにかむ彼女から、反射的に目を逸らした。ダメだ。やっぱりすべてが恥ずかしい。次は、きちんと考えて行動に移そう。

「次?」

「……次」

「あれば、いいですね」

しんみりとした台詞だったが、メニューを見つめる目が輝いていたので、シリアスとは言い難かった。お気に召されたようなので、結果オーライとしておこう。

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