クラスマッチの日

「こんなところにいたんですね」

聞き覚えのある声に、思わず肩を震わせてしまった。目の前の人間が吹き出しそうになっているのを無視し、声の主を一瞥する。

「もう終わったのか?」

「戦力にならないので抜けて来ました。そちらは?」

声の主は徐々に近づき、隣の席へと腰を下ろした。

「負けてきた」

「それで、何をしてるんです」

「オセロ」

「いや、それは見れば分かるんですけど」

「ちょうど俺が勝ってキリがいいし、次は簡易版人生ゲームかトランプやろうよ。那緒さんはどっちがいい?」

トランプという言葉に、彼女の目が光った、ように見えた。俺の思考は読まれ、俺のせいで幹典の思考は読まれない。圧倒的に不利だ。

「勝ち逃げは卑怯だろ、もう一戦やらせろ」

「どうせ結果は変わらないって」

「私が言うのもどうかと思いますけど、本日はなにが行われてるか分かってますか?」

「クラスマッチ」

俺と幹典の声が揃う。分かっててやってるんですか、とでも言いたげな表情が返ってきた。もちろん、分かっててやっている。

「そんなときに、どうして教室でテーブルゲームなんてやってるんです」

「俺は捻くれ者だからな。それに、よく見れば色んなところに似たような奴らがいるって」

体育館の掃除用具置き場には、課題やってる奴とゲームやってる奴がいたぞ。

「こういう催しって、必然的に運動出来る人間が有利だからさ。俺らのような日陰者は、こうやって暇を潰すわけだよ」

「お前は運動出来るし、日陰者でもないだろ」

事実、あらゆる競技から引き手数多だったという。

「いやぁ、バイトが控えてる身体に鞭打てるほどタフじゃないよ」

「嘘付け。体力底無しだろ」

「それはイベントの時だけだって」

行けばいいのにと何度も言ったが、結局彼はテーブルゲームを選んだ。かっこいい男だと思う。口にすれば調子に乗ることは間違いないので、何も言わない。

「で、那緒さんはなにがいい?」

自らが勝利したオセロを片付けつつ、幹典は問う。問われた彼女の目が、また光ったように見えた。さっきのは分かったけど、今のはなんでだ?

「あ、さん付けだと他人行儀かな。那緒ちゃんって、呼んでもいい?」

「はい、構いません。えっと、そちらは」

「波多野幹典。幹典でいいよ」

「み、幹典」

「うんうん」

より一層、目が輝き始める。気のせいではなかったらしい。

「なんでそんなに、目が輝いてんだよ」

2人がこちらへ振り向いたが、俺は視線で如月の方を指した。如月は口元へ笑みを浮かべ、幹典はそんな如月の表情をまじまじと見つめる。輝いてるのか、これ? とでも言いたげだ。

「友達みたいな呼び合い方に、思わず感動しちゃいました」

「確かに、それっぽいな」

「待って。北斗は普段なんて呼んでんの」

「如月」

「……那緒ちゃんは?」

「北斗さんと呼んでいます」

「随分と他人行儀だな。那緒ちゃんは敬語だし」

信じられないと、表情が訴えかけてくる。思えば、如月に対しても最初から名前で呼んでたな。彼のような積極的に人と関わっていく人間からしてみれば、ありえないことなんだろう。

「もう長らく一緒にいるから、もっと砕けてるのかと思ってた」

「呼び方とか口調とかは、キャラクター性が反映されるものだろ。あんまり弄るのは良くない」

「それ言われちゃ、なんも言い返せない」

鞄から取り出された、人生ゲームとトランプ。彼女はトランプを手に取り、シャッフルを始める。勝手に決めるな。負けじと、俺は人生ゲームの駒をそれぞれに配る。

「いや!? ここは現実なんだから別にいいだろ。せめて、名前だけでも呼んだらどうよ?」

「呼ばれたいか?」

「いいえ」

「ほらみろ」

「ほらみろ、じゃないよ。んじゃあ、敬語を外すとかは?」

「外れる時は外れてますよ」

「そ、そうですか」

腑に落ちない様子の幹典は、当然のように配られたトランプのカードを手に取った。

「まあ、人には色々あるよね」

勝ち誇ったように笑う如月。俺も納得がいかない。

「せめて、何をするか決めてからカードを配れ」

「大富豪でいいですか?」

「俺はいいよー」

抵抗は無意味のようだ。俺は無言で、人生ゲームの駒とルーレットを片付けた。

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