蜜柑消失の日

「私たち2人は、先ほどまで図書館にいましたね」

「そうだな」

いつものように返却を済ませ、新しい本を借りて来た。行き帰りを含めて、およそ15分くらいは教室を離れていたことになる。教室には、行く前も帰って来てからも人がいない。放課後なので、どこも人影はまばらだ。

「私は行く前に、食べるための蜜柑を机の上へ出しました。もちろん、図書館には持って行くことは出来ないので、そのまま置いておきました。その数、3つ」

個数こそ知らないが、確かに机の上にオレンジ色が見えていたような気はする。

「しかし今、机の上に蜜柑はありません」

一拍。

「これは、大変な事件ですよ」

この世の終わりのような表情で、そう宣言した。

「はぁ」

蜜柑を机の上に置いていた人間と、その蜜柑を無断で食す人間。

「両方に関わりたくないから、帰らせてくれないか?」

「そうは行きませんよ。これは、蜜柑を食べられたことが重要なのではありません。蜜柑を『すべて』食べられたことが重要なのです」

「意味が分からない」

「あの蜜柑は、箱の底にある蜜柑でした」

「箱の底にある蜜柑」

「十分に熟してある蜜柑だったのです」

聞いたことがある。箱で蜜柑を買った場合、底にある蜜柑から先に食べた方が良いと。その思考を肯定するように、彼女は一瞬だけ薄く笑った。

「蜜柑を3つも食べてしまえば、蜜柑は無くなります。明らかに、誰かが食べたのだと分かってしまう」

「……まぁ、そうなんだろうな」

「しかし、熟してあることが分かった人ならば、きっと食べたと思うのです」

「随分断定的だな」

「つまりこれは、私と同じか、それ以上の蜜柑好きによる犯行。もしかすると、気が合うかもしれません」

犯人と気を合わせてどうする。もしも気が合ったとしても、そいつはお前の蜜柑を無断で食べる人間なんだぞ。

「盛り上がってるところ悪いけど、1人で探して貰えるか?」

「嫌です。まずは各教室を当たりましょう。一緒に来てください」

袖を引かれ、無理やり教室の外へと連れて行かれる。誰もいない教室を2つ経て、3つ目の教室で1人の生徒を見つけた。彼女はいきなり現れた俺たちを見て、不思議そうに首を傾げている。

「この人が犯人です」

「早いな」

犯人だと断定する根拠がどこにあると言うのだろうか。

「手が黄色いです」

「あっちゃあ、バレちゃったか」

バラすのも早い。

「てっきり思考を読まれてバラされると思ってたけど、案外普通だったね」

彼女も俺も、身体を強張らせた。それは彼女が経験した、いつかの出来事と似ている。何らかの理由があり、試されていたのだろうか。

「美味しかったよ、あの蜜柑!」

続けられた言葉に、彼女は満面の笑みを浮かべた。先ほどの言葉は、スルーでいいのかよ。

「それはそうでしょう! あの蜜柑の美味しさが分かるとは、流石ですね!」

いつもより興奮した様子で話しかける。珍しかったが、続いたのはおおよそ俺には理解出来ない会話。これ以上ここにいる意味もないだろう。袖から手が離された隙に、教室へと戻った。

しかし。いくら人と関わるのに慣れてないとは言え、自らのものを無断で食べられ、あまつさえ試すような真似をして来た人間に、あぁも好意的に話しかけることが出来るだなんて。どうかしてる。

帰宅の準備を済ませ、いざ帰ろうとした時、彼女が暗い顔で戻って来た。

「彼女とは方向性の違いが発覚し、袂を分かちました」

「バンドマンかよ」

「彼女は、アルベドを剥くそうです。私には考えられません」

「ある……?」

「蜜柑の白い皮のことです」

「あぁ、そう」

好きなもので通じ合うのは、難しいことだな。

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