スケッチの日
「げっ」
「おや、ごきげんよう」
「ごきげんよう、じゃないな。その口調は、一体誰を意識してるんだよ」
「特に誰も」
「はあ」
気の進まないスケッチ大会。出来るだけ人のいない場所を探し、最終的にここだと思い辿り着いた体育館裏。そんなタイミングでいつもの顔を見つけてしまい、途端に気が滅入った。しかし、場所探しに時間を費やしてしまったので、早く描き始めなければ描き終わることもない。仕方なく、彼女から5メートルほど離れて座る。この距離ならば、彼女に思考を読まれることもない。
「……なんで今まで、思考を読まれることを承知していながら、お前に近づいてたんだろうな?」
紙を画板に固定する。辺りを見回しても、場所が場所なだけに良い景色は見つけられない。
「北斗さんの優しさじゃなかったんですか?」
「俺が優しい人間に見えるか?」
元より、自らの技術で表現出来るものには表現がある。諦めて、視界に映る景色を書いていくことにした。
「見えますよ」
視界に映るのは、開かれることが滅多にない方の体育館の扉。いつも見ている扉よりも錆びつき、蜘蛛の巣が張り付いている。それらを考慮することなく、画用紙に鉛筆を走らせる。歪な線が何本も生まれ、何を見て描いているのかまったく分からない。これだから、絵を描くことは嫌いなんだ。この時ばかりは、この学校へ入学したことを心底後悔する。
「……ご友人と一緒じゃないんですね?」
返答がなかったせいか、彼女は話題を変えた。
「あいつは美術ガチ勢だからな。ここぞとばかりに、描きたかった場所を描いてると思う」
「絵を描くことがお好きなんですね。私には想像出来ません」
「苦手なのか?」
「ええ。苦手ですから、好きではありません」
「俺もだ」
「その割には、綺麗に描けているようですね」
「はぁ!?」
紙から顔を上げると、彼女の顔がすぐ側にあった。思わず、後退りしてしまう。
「そんなに驚きますか」
反動で地面に落ちた紙と鉛筆を拾い上げながら、彼女は不服そうに頰を膨らませた。露骨な不快描写だ。
「いや、だって、お前も絵を描いてる途中だろ?」
「私がどれだけ頑張っても、幼児の落書きにしかなりませんからね。早々に諦めてますよ」
紙と鉛筆を受け取る。
「見ますか?」
そんなにも彼女が卑下するのが気になり、頷いた。
「ちなみに、描いたのはどこ?」
「同じ扉ですよ」
見せられたのは、確かに幼児の落書きと評して良いものだった。扉と言われても、どこに扉が描かれているのかまったく分からない。
「……色を塗れば、少しはまともになるんじゃないか?」
「そんなことはないと思いますが、一応やってみますね」
彼女は自らの位置へと戻り、絵の具をパレットへ出して色を塗り始めた、どのような色の塗り方をするか気になったが、未だ線を引いている自分はそれを再開する。失礼だが、彼女の絵を見た後だと、自らの絵が立派に思えた。
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