気が気ではない
友人の家へ行き、ペン入れを手伝うはずだった。しかし、実際に行って頼まれたのはソーシャルゲームの周回であった。
「もうすぐ集計に入るんだけど、それまでやってくれればいいから」
自らもやったことのあるものなので操作等に問題はないのだが、どうしても物申したいような気分にさせられる。
「イベントのレアカードも新刊も、落とすわけにはいかないんだよ」
そう縋り付かれ、彼からスマートフォンを託された。画面に並んでいるのは、廃課金のようなパーティメンバー。彼の運の良さで成り立っているのだから、恐ろしいものである。
「今回書き込み量が多いから、ペン入れよりスマフォをタップしてもらう方が楽かなと思って」
言いながら液晶画面と向き合っている彼を見て、ため息も溢れなかった。客用にあるソファへと座り、彼のスマートフォンをタップする。ゲーム内最高レアが揃っているパーティなので、どのキャラクターも性能が高い。周回は気軽に行えそうだ。
「呆れて物も言えないのは分かるけど! どうか、お願いします!」
「あっ、いや、そんなつもりじゃなかった」
普段が普段なだけに、喋ることを忘れてしまっていた。慌てて言葉を絞り出す。
「周回な。クエスト回るだけでいいのか?」
「そう! しばらく黙るつもりだけど、唸りだしても気にしないでね!」
「分かった」
そう言い残し、彼はヘッドフォンを耳に当てると、意識を完全に原稿へと向けてしまった。最初からこれだけ急げばいいのに。思ってしまってから慌てるも、彼に聞こえるはずはない。
これは、由々しき事態だ。スマートフォンを黙々とタップしながら、1人考える。彼に対して呆れてないと言えば嘘になるが、そのせいで物を言えなかった訳ではない。如月との会話の流れを、他の人にも当てはめてしまったのである。しかも、無意識のうちに。
そう言えば最近、父に交友関係を心配されたことを思い出した。心配する内容が曖昧だったために軽く流していたのだが、これを家族にもしてしまっていたのならば納得がいく。
如月が、会話の基準になっている。
意味もなく、生唾を飲み込んでしまう。どれだけ如月と会話して来たんだよ。振り返れば、付きまとわれ始めてからもうすぐ3ヶ月経つ。1年の4分の1だ。季節は移ろい、もうすぐ夏。衣替えの期間は、先日終了した。時の流れを改めて実感し、乾いた笑い声が込み上げてくる。
そりゃあ周りも、『どうしてあの2人は一緒にいるんだ?』から『あの2人は一緒にいるものだ』みたいな反応へと変わっていくわけだ。稀に放課後、単身で図書室へ行くとチラチラと視線を向けられていたのは、そういうことなのだろう。考えれば考えるほど、思い当たる節がいくつも思い浮かぶ。今すぐ生活に支障をきたすものではないが、手遅れになる前にどうにかしたい。
これらの解決策で思い浮かぶのは、如月から離れる、だろうか。
「北斗?」
「ハッ、なに?」
いつの間にか目の前にいた彼の表情は、不安一色に染まっている。
「お茶とお菓子出してなかった、ごめんな。目の前に置いておくから、気が向いたら召されて。あと」
作業中に、なにか問題があったのだろうか。
「その、悩み事があるなら聞くからな……?」
同じく不安に思いながら聞いたのだが、口から出て来たのは俺への心配だった。よほど酷い顔をしていたのかもしれない。
「もちろん終わったあとにだけど!」
俺の反応を待つことなく、彼は原稿の世界へと戻っていった。……あ、こういうのが悪いんだ。もっと言葉を出していこう。目線をズラせば、集計まで残り30分の文字。周回へと頭を切り替える。友人のランクを、落とすわけにはいかない。
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