告白の日

放課後、手紙にて指定されている中庭へと足を運んだ。すれ違った記憶だけはある女子生徒の姿が見え、その前で足を止める。

「あなたが、佐藤由奈さんですか」

彼女は小さく頷いた。パッチリとした大きな目が印象的な、可愛らしい人だ。口を真一文字に結び、力強い視線をこちらに送ってくる。

「突然呼んでごめんなさい。ずっと前から好きでした。付き合ってください」

はっきりとした声色で、そう告げられた。まぁ、そうだろうな。登校時、靴箱に入っていた手紙を見たときから予感はしていた。

『放課後4時30分、裏庭に来てください。佐藤由奈』

SNSが台頭するこのご時世に、面と向かって告白するだなんて。大した度胸だ。

「ごめんなさい」

しかし、恋愛対象と受け取るかはまた別である。現段階で唯一の判断材料となる容姿が、俺好みではない。もちろん、交流さえあれば性格や趣味嗜好の一致などから検討出来たのだろうが、それも思い当たらなかった。

彼女は一瞬にして、表情の端々から不満を示してくる。

「どうして。如月さんとは、付き合ってないんでしょう?」

どうしてはこっちのセリフだ。ここで如月の名前を出したところで、俺がそちらへ好意を抱くことはない。心を掻き回されるような、不愉快さ。

「付き合ってはないけど」

「じゃあ、どんな関係なの」

「アンタには関係ない」

彼女のヒステリックな口調に乗せられ、勢いよく口から吐き出したその言葉。ハッとしたのもつかの間、彼女が唇を噛み、目尻に涙を浮かべる。すっかり気力の削がれた顔を見て、選択肢を間違えたと後悔した。だが、告白を拒絶した俺に慰める権利はない。見回すと、物陰に彼女の友人らしき人物が見える。友人らがいるのならば大丈夫だろうと思い、足早に中庭を後にした。



「佐藤由奈さんに、告白されたみたいですね」

戻った教室には、当然のように如月だけがいた。俺が開いた扉とは逆側のものへ、背を預けている。放課後、中庭、佐藤由奈というフレーズを日中繰り返していたのが聞こえていたらしい。まさか決闘だとは思うまい。

「それがどうした」

「手酷く振ったんですか? 罪悪感が、滲み出てます」

罪悪感は、滲み出てしまうものらしい。それとも、滲み出るほどの罪悪感があったのか。それもそうだろう。彼女の好意を受け取らず、あまつさえ八つ当たりのような真似さえしてしまったのだ。人の心を持っている俺は、罪悪感を抱く。

「『アンタには関係ない』ですか。酷い男ですね」

「改めて言われると、余計心に来る」

「いえ、一番酷いのは私でしょう」

足を滑らせ、俺の目の前へと迫る。

「好きでもないのに、ただ自分の利益を求めて隣に平然と居座っている」

「離れるつもりもないくせに、よく言うよ」

口元をつり上げた彼女は、久しぶりに俺の前で『跳ねた』。

「いっそのこと、付き合ってしまいましょうか?」

ゼロ距離へと迫られ、まるで悪魔のように耳元で囁かれる。放課後とはいえ、誰かに見られている可能性が高い。いや、それよりも彼女が言っていることの方が問題だ。滅多なことは、言うべきではない。彼女の顔に張り付いている笑みを睨みつける。

「そうすれば、この関係は曲がりなりにも正式なものとなります。名前の付いた関係ならば、彼女もキッチリ諦めてくれるかもしれません」

彼女はいけしゃあしゃあと続け、やがて満足したのか離れていった。心臓の音がうるさい。

何を考えてるんだ、一体。

「お前の方が、酷い人間だよ」

せめてもの抵抗の一矢。そのはずだった。

「ご冗談を。これはすべて、あなたが考えたことでしょう? 私は、それを復唱したまでです」

その言葉に、俺は生きた心地を失った。

「なんで」

ようやく出てきた声は震えている。

確かに、ここへ来るまではそんなことを考えていた。だが、この教室のある2階へと上がってからは、考えていない。それなのに、なんで。

「2メートルの制約は、どこにいったんだよ」

「未だ健在ですよ。あなたの思考パターンをずっと読んできたのです。なんとなく、分かってきますよ」

刺さる人間には、刺さる萌えフレーズなのだろう。

思考の把握。

それはヤンデレだろうか、メンヘラだろうか。分かるはずもない。俺にそういった趣味はなく、ただ彼女の恐ろしさに身を震わせた。

「怖がらないでください。彼女が好みではなかった、というだけの話でしょう?」

「そりゃあ、そうだけど」

「そして、私も好みではないだけの話。北斗さんには、選ぶ権利があります。いいんですよ。関係なんて、人それぞれです」

ここにきてあろうことか、綺麗に事を収めようとしてきた。

「あれだけ言っておきながら、そんなオチにするつもりか?」

「さあ、なんのことでしょう」

如月は、とぼけているフリが上手い。上手いのは認めるが、とぼけられているとは到底言えない。しかし、そんな彼女を見て、どこかに安堵する自分がいるのであった。

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