グミの日
久しぶりに残る、放課後の教室。目の前には、蜜柑のグミを一気に3つ口へと放り込んでいる如月。じっとこちらを見つめ、俺がいつ口を開くのか待っているように見える。日々すれ違った時に、そして今現在も聞いているはずの俺の思考。それだけでは飽きたらず、実際に口にしろと急かされているかのようだ。彼女が深く頷いた。どうやら、急かしているのは事実らしい。急かされれば仕方がないと、重い唇を開く。
「お前が小学校5年生の時に起きた出来事の顛末を聞いた」
「みたいですね。懐かしいです」
言葉通り、本当に懐かしんでいるらしい。どこか穏やかな視線は俺を飛び越え、窓の方を見つめている。
「あれは、私の人生の中で唯一この能力が役に立った瞬間、と言っても過言ではないでしょう」
彼女は、やがてグミを取る手を止めた。口も動いておらず、食べることも止めたみたいだ。遠くを向いていた目が、こちらへと向いた。その視線に応じ、俺は言葉を続ける。
「この1週間、色々なことを考えた」
「はい」
「結論から言うと、現状を変えることは不可能だろうな」
噂を信じるにしろ信じないにしろ、広い範囲に拡散されてしまった。そのせいで、彼女は確実に避けられている。避けないでくださいと訴えたところで、変わるのは俺に対する視線だけ。
「なにより、お前が変えるつもりのない現状を変えるだなんて烏滸がましいにもほどがある」
「はい。烏滸がましいです」
「つまり、俺はただお前の過去を強引に知ってしまっただけだ」
「そうですね」
それについては、謝る。口には出さないが、どうせ聞こえているのだ。謝っていると言っても、間違ってはいないだろう。つんざくような視線には、もう慣れたから痛くない。
「で、1つ聞きたい」
「なんでしょう」
「どうしてお前は、その時立ち上がったんだ?」
聞かれると思ってました、待ってましたよとでも言いたげに目が輝き始める。さっきまでの攻撃的な目が嘘のようだ。
「簡単ですよ。私の好物、当ててみてください」
これ見よがしに、目の前にグミの袋を差し出された。指先は、パッケージの果物を指している。
「……蜜柑か」
「そうです、蜜柑です。その日の給食には、なんと蜜柑が付いていたんですよ。だから、給食に入らないと困ると思って、使いました。みなさん、ああいう場面だと受け入れるものなんですね。驚きましたよ」
明るくポップな勢いで言葉を投げかけられた。彼女は、輝いた目のまま笑っている。うん。蜜柑が好きで堪らないことは、嫌ってほど分かった。
「お前は、そういう奴だったな」
いや、人間の抱えている事情は、大半がはぐらかす必要のないほど些細ってだけか。1人納得する傍、彼女の鞄から出てきた2つ目のグミの袋に呆然とした。
「帰って食えよ」
「欲しいんならそう言ってくださいよ」
「いらない」
よく分からないところで照れるな。反応に困る。
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