140円分の証言
「那緒さんの事情を詳しく知っている人物が同級生にいた。名前は矢野一果。今日の放課後、5時に6-2で話をしてもらうようにしたから行ってこい」
突然そう言われ、時計を見れば4時55分。
「この野郎」
「ごめんって」
悪意のある情報伝達に対して不平不満をまくし立てるのは後にし、教室から早足で指定の場所へと向かった。律儀に調べていてくれたことには感謝しつつも、突然の出来事に心の準備が出来ていない。躊躇い、扉の前で足を止めたが、窓から人影が見えたため潔く扉を開けた。音により、矢野さんと思わしき女性はこちらへと振り向く。
「あなたが、矢野さんですか」
縦に首が振られ、彼女のショートカットもつられて揺れた。
「そうだよ。宇佐美くんで良かったんだっけ?」
まあ座りなと促され、隣の椅子を引いておとなしく座る。
「あの子と一緒にいるだけで珍妙なのに、過去まで知りたいだなんて驚いたよ。相当惚れこんでるのかな?」
「それはないです」
言われるだろうと思っていた言葉をぶった斬る。彼女はへぇ、そうとだけ続けた。自分から聞いたわりには、興味がないように見える。俺の反応が面白くなかったのかもしれない。
「まあ、そんなことはどうでもいいか。ちょっと長いから、気を張らないで聞いてくれればいい」
彼女は、ため息のように長く息を吐いてから話を始めた。
「確か、小学5年生の時だったと思う。頻繁に人の物を取ったり、壊したりするやつがいたんだ。明らかに怪しいと誰もが分かってはいたけど、証拠がないから手を出せなかった。あの日は、誰かの作った夏休みの工作が消えたことが問題で、長い時間、話をしていたような気がする。無かった? そういう、犯人が名乗り出るまで授業しませんみたいなこと。今考えれば普通に無駄な時間だと思うんだけど、その時にはまあ、厳かにそんなことが行われてたわけ。で、終盤も終盤、クラス全員が先生と面談をして、それでも分からなくて、4限目なのに給食に入れるか入れないかのところ。突然彼女が、跳ねるようにその犯人の前へ立ちふさがったんだ」
確か、初めて俺にそんな話をした時にも如月は跳ねていたような気がする。クセか何かだろうか。
「それで、言うんだよ」
『早くこんな話し合い、終わってしまえばいいのに。あいつの工作は、朝早く来て、3年生の畑に穴を掘って埋めた。どうせ、誰も見つけられない』
語り口調が、まるで怪談話のようにおどろおどろしい。うまい語り部だなと、頭の片隅で感想を述べる。
「この時点で、そいつは真っ青になってた」
『どうしてこいつは、俺の考えてることが分かるんだ? 俺は何も喋ってないのに。いや、喋ってるのか? なんで、どうして、やめろ、怖い』
「最後の方は、彼と一緒になって言ってた。本当に、異様な光景だったよ」
それはそうだろう。そんな局面で、人の考えていることが分かるらしい人間が現れるなんて不気味にもほどがある。彼女の語り口調は、とても内容に沿っていた。
一息つき、話は続く。
「一部の人間が半信半疑ながら立ち上がって、3年生の畑の周りを掘ったら確かに見つかったよ。誰かの工作が、ぐちゃぐちゃに破壊された姿で。それ以来、彼は不幸にもいじめられる側に回ってしまった」
「彼女は」
「彼女はその後、少しだけ周囲に慕われていたけど、決して誰とも深く交わろうとはしなかったな。そのせいで、この話が歪んでしまって現在があるんだろうね」
「そうですね。誰も、そんな人間を良くは思わないでしょう」
「君がそれを言っていいのかい」
「ええ、まあ」
「私は不思議でたまらないよ。どうして、君は彼女を振り払わないんだい?」
答えられる問いをされ、瞬間、息が詰まった。そんな俺の様子を察したのか、彼女は薄く笑う。
「まあ、教えてくれないだろうね」
彼女は息を吐き、腕を伸ばしながら立ち上がった。自らも、つられて立ち上がる。
「とりあえず、私が出来る話はこれでおしまいだ。中学では散々だったらしいけど、違う学校だったから詳しくは知らない」
噂の広まる範囲が広かったのか、世界が案外狭いのか。以前の再会といい、なんだか彼女を中心に世界が回っているような気さえする。
「それだけ聞ければ十分です。ありがとうございました」
貴重な話を時間割いてまでしてくれた彼女へと、頭を下げて感謝を述べる。
「いいよ、このくらい。何の足しになるのか分からないけど、参考になれば幸いさ」
はにかむように笑った彼女は、その笑顔のまま自販機前でコーラを要求して来た。高いとは言えないが、決して安くはない証言の出来上がりだ。
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