恐れることはない

「そもそも、どうしてお前は畏怖の対象になっているんだ?」

「さぁ、どうしてでしょう」

逸らされた目を追いかければ、視線がぐるぐる回される。嫌なくらい静まり返った教室の雰囲気も重なり、何か事情があることは分かった。これ以上続けても、彼女は口を割らないだろう。追いかけるのをやめ、別の話題を振る。

「お前って、お昼はどこで食べてんの?」

「屋上前の階段です」

「寒そうだな……」

話している途中、彼女は大したことのない事情でも勿体ぶる例があることを思い出した。そうだとしても、気にならずにはいられない。別方面から探っていく必要があるようだ。探らないでくださいとは、言われていない。



「そもそも、どうして如月は畏怖の対象になっているんだと思う?」

「また唐突に、どうしたんだよ」

「彼女には人の考えてることが分かるって噂があるのはとうの昔に知ってる。それがどうして、畏怖の対象になるのかが分からない」

興味や疑心の対象ならばともかく、畏怖というのはどうも納得がいかない。

これは情だ。分かってはいるものの、あんなにも思わせぶりな態度をされてしまえば、なんとかして事情だけでも知りたくなる。

「本人に聞いて事情があることは分かったんだが、はぐらかされた」

「なるほど。だから俺を頼って来たと」

彼の目に映る俺の表情は真剣だった。だからか、幹典も真剣な表情を返してくれる。

「悪い」

「いや、いいよ。北斗が俺を頼るなんて、滅多にないし」

貴重な友人の好意に、頭を下げた。幹典は小さな声で唸りながら、指先をくるくる回し思考する。

やがて、指先が止まった。

「まあ、自分の思考なんて誰にも読まれたくないじゃん?」

既に読まれることに慣れてしまった身は、その問いに反応が遅れてしまった。それを否定と解釈したのか、彼は例えばと続ける。

「お前、俺と話してる時に何考えてるよ」

「その話題のこと」

「じゃあ、好きな人が目の前にいる時って何考えてる?」

「いない」

「この際、二次元でもいいから」

昨夜プレイした恋愛シミュレーションのキャラクターを思い浮かべる。可愛らしい妹キャラがいる、非常に良いシナリオだった。

「好きな人のことなんじゃないか」

「具体的に」

……そう言われ考えてみると、確かに人には聞かれたくない内容が頭に浮かんでくる。

「何考えたかは知らないけど、俺にだって聞かれたくない内容でしょ? それが聞けるってことは、弱味を握られるにも等しい行為だよ」

そう言えばそうで、彼女は事あるごとに『ふぁさ』をネタにしてくるのであった。厄介極まりないし、恥ずかしいから本当にやめてほしい。

しかしそうなると、彼らはどうなるのだろうか。

「そんな如月に告白してくる人間がいると聞いたんだが、そういうのはどうなるんだ?」

「その噂自体を信じてないか、そういう性癖があるんじゃない? 自分のことを全て知ってもらいたいとか」

「……納得いかないけど、要するに人の好みは多種多様ってことだな」

「そういう事だな」

一括りに妹属性といっても、他に付随される属性次第でどうとでも転べる。1つの作品、キャラクターに対する解釈だって人それぞれで、他人と完全に分かり合えることはない。

「さて」

彼は椅子から立ち上がり、鞄を手にした。

「ここで話し合っても答えは出そうにない問いだし、あとは任せろ。帰ってから、詳しく調べてみる」

「お願いします」

同じく立ち上がりつつ、頭を下げる。

「今度ペン入れ手伝えよな!」

肩への衝撃と発言に、顔を上げてしまった。目の前には、とても同人誌を描いているとは思えないほどに一般的な好青年の顔がある。頷く他なかった。

「の、望むところだ」

予想外のギブアンドテイク。それ自体はいいのだが、要求されたペン入れという作業を思うと頭が痛い。

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