最悪の日
「例えばの話をしましょう」
「はぁ」
足を交差させ指を組み、憂いを帯びた表情の彼女はそう切り出した。姿勢も様になっているうえ、窓から差し込んでいる夕陽が艶めかしい黒髪を輝かせている。美しい光景だ。
このまま喋らなければ完璧なのにと思わずにはいられなかった。
分かっていたものの、癪に触ったらしい。彼女の眉が、小刻みに震え始める。
「悪い、気にせず続けてくれ」
「本当に不本意ですが、そうさせていただきます」
露骨な咳払いが1つ。
「北斗さん以外の全員が、私と同じ能力を持っていることをひた隠しにしているのだとしたら」
彼女には突拍子もない話をしているという自覚はないのか、真剣な表情を見せてくれる。
「どうしますか?」
久しぶりに見惚れてしまい、反応が遅れた。
「それは最悪だな」
「どうして?」
「現状でいう、お前だろ」
途端に表情を崩し、腕を広げて椅子へと身体を傾ける彼女。ため息を吐き出すと、首を横に振った。
「どうして例えばの話に、そんな酷い返しが出来るんですか」
例えばにしては、雰囲気が出来過ぎていたからじゃないだろうか。
「というか、どんな返しを期待してたんだよ」
「陰口が怖いとか、そんなのどこかで見下してるんだろうなとか」
「お前は、陰口が怖くて俺を見下しているのか?」
「いえ、まったく」
「それならいいじゃん」
「私の立場は、最悪ですかねぇ」
俯いた彼女の表情は見えない。
「こんなにも狭い学校世界で畏怖されるだなんて、生きづらいにもほどがある」
「まあ、それもそうなんですけど」
ゆっくりと腰を伸ばして姿勢を正した彼女が、言葉を続ける。その顔は、比較的爽やかだった。
「私には、人の考えることが分かります。その事実を、周囲も半ば知っている。しかし、他にも似たような人がいないとは限りません。世の中には、人ならざるモノの声を聞くことのできる人間だって存在しているんです」
一呼吸。
「ですので、私自身は私を最悪とは思いません」
それもそうだ。世の中には、一般常識では考えられないような能力を持った人間がごく稀に存在する。歴史上には、神の啓示を聞いた人間だっているのだ。彼女と同じように他の人の思考が読める人間だって、複数人いてもおかしくはない。
「もしかして、そういう人を他に見つけたのか?」
問われた途端、彼女はなにかを思いついたように目を大きく開いた。しばらくの思考後、話し始める。
「攻略対象は人の声を聞く同級生、動物と話す先輩、幽霊と話す後輩、エトセトラエトセトラのシミュレーションゲームとかどうでしょう?」
「嫌だ。無理。きつい」
同級生だけで手一杯だ。
「作品として、大衆的には悪くないかもしれませんよ?」
「少なくとも俺は買わない」
「機械と話せるっていうのも良いですね」
「良くない」
今までの深刻な雰囲気はどこへ行ったのか。楽しそうに様々な能力を挙げていく彼女は、確かに最悪からは遠いところにいた。
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