小テストの前の日

「occur」

「発生する」

「operate」

「作動する」

「appeal」

「……現れる」

「残念。それはappearの方だな。懇願する、が正しい」

「北斗さんの発音が悪いんですよ」

「うるせえ。範囲やってたら分かるだろ」

痛いところを突かれたようだ。カエルの断末魔のような声を上げ、項垂れてしまった。仮にも美少女から出てはならない声だ。カエルの断末魔なんて聞いたことがないので、想像でしかないのだが、多分こんな感じだろう。

「カエルで例えるのやめてください」

「はいはい」

小テストは明日だ。まだ猶予はある。何より、小テストなので範囲は狭い。

「とはいえ意味だけじゃなくて、スペルは大丈夫か?」

「……帰ってからやります」

「今回の小テストは合格しろよ」

前回は悲惨な点数だった。クールな美少女キャラクターというのは大抵頭が良いもの、という偏見があるので、非常に驚いたものである。

「そういう偏見良くないですよ」

「俺もそう思う」

じゃあどうして言ったんですかとでもいうような抗議の視線を向けられるが、俺もお前も、発言はしていない。それに気付いたのか、未だ不服そうな顔のままではあるが話を続けた。

「前回は、範囲が変わったのを知らなかったんですよ」

「聞けよ」

「相手がいません」

ああ。

「そうだった。現在進行形で盛んに会話をする仲であるからいつも忘れてしまうが、彼女は本来孤高の人間だ」

「やめろ」

「その点だけは、多くのライトノベルの黒髪クールビューティ系キャラクターと通じている」

「自分で言ってて、悲しくならない?」

「普段から群れているから、1人でいる人間を哀れむのです。私に、人から同情されるようなことはありません」

「そうですね」

そこまで断言されてしまっては、言い返す術がない。同じように群れていない自分が同情する余地は、なおさらないだろう。

「それはともかく、範囲が分からなかったら本当に聞いてくれて構わない」

「いえ、普段は完璧なんですよ?」

なんでいつもなら押してくるところを、今日はやけに控えめなんだよ。

「あっ、俺が信用ならない?」

「そういうわけでは」

「安心しろ。最悪、幹典にも聞く」

「他人任せじゃないですか」

「俺より信用出来るだろ」

小さく頷かれ、自分で言ったにも関わらず不快になってしまった。実際に幹典の方が情報が早いとは言え、関わったこともない人間の方を信用するとは如何なものだろうか。

「関わった上で、信用ならないんですよ」

「酷いことを仰いますね?」

彼女は、控えめに声を出して笑った。笑った顔は可愛らしいのだが、内容が内容なので素直に便乗して笑えない。

「そうですね。たまには、人を頼った方がいいのかもしれません」

「それがいいよ」

「じゃあ、遠慮なく聞いていきますね。例えば、明日のお弁当の中身をどうするべきかとか」

「それは俺に聞く内容ではない」

っていうか、お弁当の中身?

「お弁当、作るんだ?」

「ええ。……あぁ、北斗さんの分も、作ってきましょうか?」

微かに口元を綻ばせる彼女を見て、俺は丁重に頭を下げた。

「お断りしておきます」

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