続・『デート』の日
「なに、あれ」
先の出来事から心を落ち着かせるため、近くのファミレスへと足を踏み入れた。如月は、明太子のパスタをフォークで巻きながら食している。昼前とは言え彼女のように食欲の湧かない自分は、スープバーのコンソメスープを目の前に置いた。
「普通に良い子だったじゃん」
いきなり手を握られたから、過去になにかしらの因縁がある相手なのかと思ってしまうだろう。
「すみません」
実際は『おめでとう! 相手が優しそうな人で良かったぁ。如月ってすっごい良い人だけど、誤解されやすいんだよね。だから、ちゃんと向き合ってあげてほしい。あっ、引き止めてごめんね。じゃあ、また!』と柔らかな笑顔で一気にまくし立てて去っていく、ただの良い人であった。
「存在を忘れてました」
酷い奴だな。
「正確には、忘れようとしていました」
つまり、忘れられてなかったと。彼女は、俯きながらくるくるとフォークを回している。
「友人なんだろ?」
「はい。彼女は、中学1年生の時の同級生です」
中学生の頃か。
「接点は?」
「班が一緒で、よく話を振られていたんですよ。意外にも話が合ったのですが、その次の年はクラスが違ったのでそれきりです」
「本当にそれきりか?」
フォークが止まった。どうして分かるんですか、強張った表情が問ってくる。
「その次の年。中学2年生と言えば、クラス全員を敵に回していた時期だ」
「よく覚えてますね」
別に覚えたくは無かったのだが、そうそう忘れられるような内容ではない。まさか、こうして繋がっているとは思わなかった。
「きっと彼女は、お前に手を差し伸べたんじゃないのか?」
ついにフォークが、彼女の手から離れる。諦めたように顔を上げ、彼女は淡々と話し始めた。
「1度だけ、声をかけられました。『私に出来ることはない?』と。だけど、私は彼女の手を振り払いました」
「彼女に、迷惑がかかると思ったから?」
頷かれはしなかったが、きっと正解で良いんだろう。『すっごい良い人』と、称されるくらいだ。今は俺を睨んでくるが、彼女の前では本当に良い人だったんだろう。
「……まさかこんな街中で再会して、しかも祝福されるだなんて。思ってもみませんでした」
彼女の言葉を、再び思い出す。
「誤解されやすいって、本当にその通りだよな。彼女は、俺たちの関係を誤解したままだ」
今回は、俺も共犯である。嘘だと言う間も無かったから仕方ないとは言え、祝いの言葉はすべて虚無。罪悪感がないとは言えない。
「変わってないんですよ、私は」
俺は、彼女の過去を知らない。知ろうとも思わない。人が変わることに対して良いとも悪いとも思わない。
「でも、彼女はそんなお前と会えて良かったと思うよ。実際はどうあれ、お前が誰かと一緒にいる姿を見て、安心したんじゃないか」
なにより、彼女については名前すら知らない。それでも、そう思いたかった。
「じゃないと、1度手を振り払われた相手にあんな風には笑えない」
しばらくは俯いていたが、やがて口元に笑みが浮かんだ。白い頬には、赤みが差したように見える。
「そうだと良いですね」
自らの中で、彼女のことが消化出来たらしい。再びフォークを手にした彼女が、勢いよく麺を巻いていく。巻きすぎだろ。
「で、これからどうする?」
やっぱり巻きすぎたパスタを1度解き、巻き直して口へと運ぶ。一口、二口。口を開かないと悟った俺は途中、スープバーへと行きポタージュをカップへと注いだ。やがて彼女がすべてを口へと運び終え、ごちそうさまと手を合わせる。
「当然、映画です」
「こだわるなぁ……」
「私は、妙な実況やネタバレをされない映画なんて見たことがないんです」
「どう足掻いたって、俺の感嘆は聞こえるわけだろ」
「あちこちで感嘆を聞かされてみてください。時には通い詰めている信者のネタバレを含んだ熱烈な実況、時にはアンチの阿鼻叫喚。本編への興味を無くし、様々な拗らせ妄想をし始める方々。人気作になればなるほど、様々な人がいるんですよ。北斗さん1人の感嘆なんて、可愛らしいものです」
「家で見ればいいだろ」
「家にスクリーンはありません」
ああ、はい。そうですか。
「ケーキは?」
「もちろん行きます。まだ何もしていないんです。きちんと、付き合ってくださいね」
にっこりと微笑んだ彼女の顔は、期待に満ち溢れている。人の増え始めたファミレスを後にし、俺たちは再び映画館を目指したのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます