『デート』の日

あっさりと決まった彼女との映画観賞だったが、帰宅後、冷静になって後悔した。自分は、女子と出掛けたことがない。初めて一緒に出掛ける人間が、彼女になってしまう。いや、それ自体はいい。

如月那緒は、美人だ。

学校内では能力のせいで浮いてしまっているものの、街中ですれ違う人間がそんなこと知るはずもない。視線を一心に集め、下手をするとナンパされてしまう可能性だってある。自分はそれに対処出来るのか。いや、そもそもだ。髪型や服装はどうしよう。幹典に聞いたところでコス衣装を勧められるのは間違いないし、他の人間には事情が事情なので聞き辛い。インターネットの検索ブラウザを開く。……検索キーワードがまず分からない!



『明日は、大丈夫ですか?』

『問題ない』

『分かりました。楽しみにしていますね』

SNS上で昨夜交わしたメッセージを見直した。そのまま、自らの服装まで見下ろして最終確認をする。出来る限り清潔感を出そうと心がけたが、出ているかはイマイチ分からない。確認を兼ねて家庭内で唯一の女性である母親に見てもらったが、面白くないと一蹴されたのみだった。人の服装に面白さを求めてどうする。

見れば、もうすぐ約束の時間だ。念のため10分前に来てしまったが、ううん自分もまだ来たばっかり待ってないよとかなんとか言うべきなのだろうか。

「お待たせしました」

「……待ってた」

「はい、知ってます」

現れた彼女は、とても可愛らしい服装をしていた。服の種類とか分かんないけど、ふんわりとした見た目だ。そして、目が痛くない程度には明るい色をしている。もう少しクールな色合いを予想していたため驚いたが、この色合いも似合っている。あまりの可愛らしさに、横へ並ぶのが怖いくらいだ。

「『ふぁさ』から、進歩してませんね」

それは俺も思ったけど。

「蒸し返すのやめて」

「私は良いですけど、いざ好きな人を褒めるって時に困らないようしてくださいね」

「余計なお世話だよ」

いきなりそんなことを言われるとは思わなかった。待っていたにも関わらず、もうすでに帰りたい。

「帰らないでください。ほら、もう私たちが乗る電車は来てるみたいですから行きましょう」

不意に繋がれた白くて冷たい手が、俺を引いていく。あまりにも自然な流れだったので、電車に乗るまで解くにも解けなかった。思考を読んでいるはずの彼女は、聞こえていないように見える。空いている場所が無く、扉近くの空いている空間で足が止まった。

「あの、手」

俺の言葉で、繋いでいたことにようやく気付いたらしい。勢いよく、手が離された。

「ご、ごめんなさい。思わず手が出ちゃいました」

うん、解かれて良かったよ。びっくりした。今も心臓が、激しく鳴っている。

「この程度でドキドキしてたら、本当のデートで身が持ちませんよ」

さっきからなんなんだ。

「そんな赤面しといて、よく言えるよ」

「これはチークです」

「さっきまでそんなに赤くなかっただろ」

「誰だって無意識のうちに人の手を掴んでいたと知ったら、赤面してしまいますよ」

「そんなこと言うなら」

人に手を繋がれてた人間だって赤面するに決まってるだろ。脳内では思考が完了していたが、口にするのは憚られた。どうせ、聞こえているんだろうけど。

「やめよう、無益だ」

知らない人間からして見れば、ただの痴話喧嘩にしか聞こえてないだろう。今更とはいえ、公衆の面前でそんな姿を晒すわけにはいかない。

「そうは思わないか?」

「そうですね。お互い、なかったことにしましょう」

別に話さなくてもいいのだが、一方的に思考を読まれるのはごめんだ。昨夜から用意していた話題を口にする。

「最新の予告見た?」

「見ました。ほぼネタバレでしたね」

「広告、狙ってやってると思うか?」

「そうは思えないんですけど、別のにしますか?」

「好きなようにしてくれ」

「そうしますね。あ、ポップコーンって食べます?」

「味による」

「私はキャラメルがいいですね。ついでに、ポップコーンケースがあったら欲しいです」

「味には同意するが、ケースは何に使うんだよ」

「ケースですから、ケースとして使うんですよ」

「そうですか」

自分には縁のない品物だったが、好きな人間もいるらしい。

「良いケースがあるといいな」

「はい」

そうやって揺られること数十分、目的の駅へと着いた。さらにもう数十分後に上映が始まるようなので、とりあえず映画館を目指す。休日だからか、行き交う人が多い。様々な人間が、左右を流れていく。前方から来ているのは、ギャルらしき集団。目に悪いカラーで、めちゃくちゃ目立っている。ほぼ真正面に来た時、1人の子が声を上げた。

「如月じゃん! え、なに、彼氏?」

彼氏じゃねぇよ。そう言うはずだった。しかし、すぐさま如月から手を握られる。その手がまるで助けを求めているように感じられた俺は、その言葉を飲み込んだ。順応性の高い脳内は、代わりの言葉を考え出した。

「ああ、彼氏だ。俺の那緒に、何か用か?」

予定って、決めても上手くいかないもんだな。いや、こんなエンカウントは想定外か。

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