テスト終了の日

テストが終わった。この場合の終わりは、返却されたテストに欠点が1つも無く、追試や代替課題などの面倒が無いまま平穏な生活に戻れることを指している。テスト勉強は十分にしていたので、点数には自信すらあった。実際に、いくつかの教科は満点に近い。しかし、返却されてみるまでどうなるか分からないものだ。解答欄がズレているかもしれないし、名前を書き忘れているかもしれない。自分が犯したミスは、自分では気付きにくかったりする。とは言え、何ごとも無く無事に終えられて良かった。さて、授業も終わって放課後。久しぶりに落ち着いて、図書館にでも行こうか。

「既に調べはついてます」

背後から物騒な台詞を口にしながら現れた彼女に、驚きで肩を震わせた。

「調べってなんの」

「デートの計画です」

あぁ、そんなこと言ってたな。すっかり忘れてたよ。聞き返した俺も悪いけど、言葉のチョイスを考えろ。そう思ってしまうのも、無理はない。

ざわり。

教室に残っていたわずかな人間の視線がこちらへ向けられたのを、嫌でも感じる。そりゃそうだ。急に一緒にいる時間が増えただけでなく、デートの計画を立てているような会話が聞こえてきた。注目されるのは必然と言ってもいい。嬉しくないことだ。既に、付き合っているのではないかという噂が流れているとは耳にした。ならば、更に話が飛躍してあることないこと吹聴されるのだろう。現段階で確定なのは、俺の評価が『彼女にデートプランを組んでもらう男』になるということ、そして、それを聞いた幹典に後から絶対に笑われるということだ。あんまりである。

「こちらをどうぞ」

そこまでの俺の思考を読んでいるはずの彼女は動じず、1枚のプリントを差し出した。今からここを動いても九分九厘誤解は解けないので、大人しくそれを手に取る。プリントには、3種類のプランが提示されていた。それぞれ、現在公開されている映画の中でも評判が高い作品の上映時間に合わせた日程表だ。日程表とは言え、修学旅行のような緻密さはない。知らなければ現地で調べることになるだろう交通機関の時刻表や、各地点が混み合っていない時間帯が主に書かれている。綺麗にまとまっているので、非常に便利な代物だ。

「これはあくまで案であり目安ですから、見たい作品は北斗さんが決めてください。ここに載っているもの以外でしたら、また考え直しますので」

そう言われて以来、こまめに上映作品をチェックしていたのだが、個人的にどれもピンと来なかった。もう少ししたら、好きなシリーズものが公開されていたところなのが惜しい。

「それじゃあ、日を改めましょうか」

「いや」

早く行ってしまおう。それまでずっと、お前の気を揉ませるわけにはいかない。

「オススメは?」

彼女は、目を見開いて驚いている。人が聞いていることを意識して、口にするのが恥ずかしかっただけだ。便利だな、こういう時は。

「そ、そうですね、私のオススメはこれです」

細い人差し指が指したのは、ど派手なカーアクションをメインに宣伝されている洋画。

「予告の映像が、一番面白そうでした」

「じゃあそうしよう。いつなら行けそう?」

「今週の土曜日が、私にとって一番近い暇な日ですね」

「じゃあ土曜日、この時間に駅で落ち合おう」

「分かりました。来れないときは、連絡をお願いします」

「ああ、そっちもな」

時間と場所を大まかに記憶し、プリントを彼女へと返した。

「持っていてください。刷ろうと思えば、何枚でも刷れるので」

再び渡されたプリントを、クリアファイルへと収める。見回すと、いつの間にか教室からは人がいなくなっていた。まだ比較的早い時間帯なので、もしかすると気を遣われたのかもしれない。

「なんでデートって切り出したんだよ」

周りからの視線を思い出し、ため息を吐く。この前の会話で重いとは思っていたが、まさかこんなことをしてくるとは思わなかった。ある種の牽制になったんじゃないか、これ。

「牽制?」

「俺に好きな人が出来たところで、お前と付き合ってると思われて相手にされなくなるだろ」

「そんなつもりは無かったんですが」

「なんだと?」

「最近の若者は、友人同士で遊びに行く場合もデートと称するケースがあると聞きました。違うんですか?」

彼女は、真剣な顔つきでそう言った。もはやため息も出ず、ただ虚しくなるだけだ。

「よっぽど親しい仲じゃないと使わない」

予想外の返答だったらしく、彼女は呆然としてしまった。貴重な表情差分だ。分かりにくい差分ばかりだが、見分けがつくようになってきた。もっと有用性のあることを理解したい。

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